四月(2024)
現代:აპრილი
英題:April
監督:デア・クルムベガスビリ
出演:メラーブ・ニニッゼ、イャ・スキタシュヴィリ、カカ・キンツラシュヴィリetc
評価:95点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
2024年の映画ニュースで最も熱かったのは、ジョージアの新鋭デア・クルムベガスビリが新作でヴェネツィア国際映画祭特別審査員賞と東京フィルメックス最優秀作品賞に輝いたことだろう。デア・クルムベガスビリといえば、『BEGINNING/ビギニング』の圧倒的なショットで一時期MUBI界隈を虜にした監督である。彼女の作品に惹かれたのはシネフィルだけではない。『チャレンジャーズ』のルカ・グァダニーノ監督はサン・セバスチャン映画祭の審査員をしている時に、『BEGINNING/ビギニング』に圧倒された。その結果、『ボーンズ アンド オール』では相棒の撮影監督サヨムプー・ムックディプロームではなく『BEGINNING/ビギニング』のアルセニ・ハチャトゥランと仕事をした。それだけではなく、彼女の最新作『四月』の製作総指揮に加わり、ヴェネツィア国際映画祭という大舞台でルカ・グァダニーノ監督の新作『Queer』と戦わせたのだ。そして結果は『四月』の大勝利と、ジャンプマンガにありそうな激熱展開だったのだ。そんな『四月』がまさかまさかのフィルメックス降臨。個人的に最大の目玉であった。実際に観てみると、想像を裏切る凄まじい作品であった。
『四月』あらすじ
ジョージアでは、妊娠12週までの処置であれば堕胎手術は本来合法ではあるものの、社会的、あるいは政治的な圧力によって、それが実質的に違法状態になっているという。そんな保守的な社会において、多大なリスクを冒しつつ、他に選択肢を持たない女性たちを戸別訪問し、使命感のみに突き動かされながら、処置や手術を続ける一人の産婦人科医の姿をこの作品は描いている。社会的にも精神的にも孤立し、内面を蝕まれ、次第に心身のバランスを失っていく彼女の姿が、超現実的な描写を交えつつ捉えられていくのだが、その描写の強度や厳密さには誰もが圧倒させられるはずだ。パンデミックのために未開催に終わった2020年のカンヌ映画祭において入選の証である「カンヌ・レーベル」を与えられ、同年にサン・セバスチャン映画祭で最優秀作品賞を受賞した『BEGINING ビギニング』に続くデア・クルムベガスヴィリの長編第2作。本作はヴェネチア映画祭のコンペティション部門で初上映され、特別審査員賞を受賞した。
※第25回東京フィルメックスより引用
萎びた心は自由な他者を求める、それが邪悪であっても
仄暗い空間、漆黒の沼を萎びた肉体を有す女が歩む。『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』さながらの異様な空間の提示からこの映画は始まる。赤子の出産手術が行われたかと思いきや、息が詰まるような部屋で詰められる。どうやら手術が失敗したようだ。『BEGINNING/ビギニング』に引き続き、静かで重々しい空気の中、男の怖さが突き付けられる。ここでは、机を「ドンッ!」と蹴るクライアントによって恐怖が増幅される。
彼女は社会という服、医者という服を纏い、与えられた仕事を淡々とこなすのだが、心は萎び切ってしまっている。家では息の詰まる役割の服を脱ぎ捨て虚空を眺める。そんな心象風景と萎びた肉体による存在(インタビューによればハンナ・アーレントの”something which is not yet and not anymore”、まだない/もうない存在とのこと)がシンクロしていく。
彼女には同僚がおり、彼から「俺と結婚すればよいのに」と迫られるが結婚もしたくないし子どもも不要だと考えている。それも当然だろう。あまりにも重い服にがんじがらめになっているのだから。さらに服を着る余裕など存在しない。
そんな、彼女は自由を求めてストリートへと繰り出す。夜道を車で走りながら、チラチラと待ちゆく男を物色していき、車へと引き込んでいくのだ。たとえ、有害な男らしさの塊のような謎の空間へ迷い込み、嘲笑の眼差しに晒されても、彼女はどこかその状況に快感を抱く。これはラドゥ・ジューデ『世界の終わりにはあまり期待しないで』における、男尊女卑な社会の中で痛みから逃れるために有害男性差別主義者のアバターでTikTok配信する主人公増に近いものがある。その辛辣な痛ましさが違法中絶とそこから派生する修羅場によって増幅されていく。
また、この映画は「どうやって撮ったの?」と思う異様な長回しの連続となっている。特に中盤において、暴風雨に晒される狭間を捉えながら沼へとハマる車の瞬間を収めていく場面は衝撃を受けるであろう。そして、ラストの仄暗い空間からブリューゲルタッチの画が浮かび上がると共にある存在に気づくドキッとさせられるショットもまた興味深い。
まさかデア・クルムベガスビリから『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』たる作品が飛び出してくるとは思ってもいなかったため、2024年最大のサプライズといえよう。日本公開希望である。