世界で一番悲しい音楽(2003)
The Saddest Music in the World
監督:ガイ・マディン
出演:イザベラ・ロッセリーニ、マリア・デ・メディロス、マーク・マッキニーetc
評価:95点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第25回東京フィルメックスプレ上映でガイ・マディンの『世界で一番悲しい音楽』を観て来た。フィルメックスといえばアジア映画のイメージがあるのだが、2004年にガイ・マディン特集が行われており、『世界で一番悲しい音楽』『ドラキュラ 乙女の日記より』『臆病者がひざまずく』が上映された。近年、アリ・アスターがガイ・マディン好きを公言していたり、後継者であるマシュー・ランキンが台頭してきたりと日本でもガイ・マディン映画を再度紹介する必要性があると思っていただけに今回のプレ上映で『世界で一番悲しい音楽』を持ってこれたのは英断といえる。本作はノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの脚本をカナダ・ウィニペグに置き換えた作品である。カズオ・イシグロは南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマヌスやタイカ・ワイティティと意外な監督に映画化されているなと思いながら観たのだが、予想通りカズオ・イシグロ色は希釈され、圧倒的ガイ・マディン映画であった。
『世界で一番悲しい音楽』あらすじ
1933年。ブロードウェイで失敗し、一文無しになって恋人のナルシッサとともに故郷のウィニぺグに戻ってきた興行師チェスターは、地元のビール会社が「世界で一番悲しい音楽」を競うコンテストを開こうとしていることを知る。コンテストを主宰するレディ・ヘレン・ポート=ハントリーは、昔チェスターと抜き差しならない関係にあった女性だ。かつての恋人に再会したチェスターは、巨額の賞金目当てにアメリカ代表としてコンテストに参加する。かくして、スコットランド、メキシコ、アフリカなど、世界各国の代表によるコンテストが始まる。そこにはセルビアのチェリストとして参加したチェスターの兄、ロデリックの姿があった……。カズオ・イシグロのオリジナル脚本を90年代のロンドンから大恐慌時代のウィニぺグに置き換えて映画化した本作は、ヴェネチアを始めとする多くの映画祭で熱狂的に迎えられ、マディンの代表作の一つとなった。イザベラ・ロッセリーニの怪演が圧倒的。
※第25回東京フィルメックスより引用
Damesもしくは泥酔夢
ウィニペグにて「世界で一番悲しい音楽」ディビジョンバトルが開催される。世界各国から悲しい音楽を集い、トーナメント方式で戦わせる。各試合の優勝者はビールのプールに飛び込むこととなる。映画は、アルコール過剰摂取による泥酔夢を見ているかのような画の中で試合を見守ることとなる。夢は明瞭ながら時間を飛び越え、矛盾を抱えながらもそれを現実と受け止めてしまうようなパワフルさがあるが、本作も同様にサイレント映画のような質感で時間と時間、画と画の結合が行われる。たとえば、バスで移動する場面。目的地に到着すると扉ではなく、窓が開く。そこからビールを求める手が飛び出してきて、ヌルっとビアホールのような空間へと紛れ込む。扉からではなく窓から出ているわけだが、ミュージカルの空気感によってその矛盾は説明されずにさもありふれた光景として処理されていく。
「世界で一番悲しい音楽」ディビジョンバトルも同様に、我々が想像する音楽対決とは異なる姿を見せる。各国が主に民族楽器を用いて悲しい音楽を提示するのだが、なぜか試合方法がラップバトル形式である。ブザーが鳴るごとに、相手が演奏を始め、間合いを詰めていくのである。しかも、互いの音楽を聞かせる必要があるにもかかわらずMCが状況を説明し乱入するのだ。
混沌を極める中で、八百長、買収による優勝を狙うアメリカサイドと義足のミューズと手を来るセルビアサイドが勝ち上がっていき、いよいよ決戦の火蓋が切られる。この決戦が凄まじい。事前に、ガイ・マディンのエッセイ集”From The Atelier Tovar:Selected Writings“のメイキングを翻訳した際、あまりの異様さに「どういうこと?」と思っていたのだったが、それは本当であった。イザベラ・ロッセリーニ演じる両足のないヒロインに対して、ビール飲む用の巨大足グラスを装備させて、ビールをタプタプさせながら踊り狂っていたのだ。バズビー・バークレーはかつて、生足をフェティッシュにものとして捉えていたが、女性の足=もの化の表現としてガラスの足を用意したのは慧眼といえよう。
ちなみに、ガイ・マディンのメイキングによれば、監督や撮影リュック・モンペリエはイザベラ・ロッセリーニにビビり過ぎて、撮影ができなくなりそうになり、彼女にカメラを渡して自撮りさせたとのこと。可愛いなと思った。