『メイ・ディセンバー ゆれる真実』空っぽな侵略者によって暴かれる

メイ・ディセンバー ゆれる真実(2023)
May December

監督:トッド・ヘインズ
出演:ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトンetc

評価:60点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

トッド・ヘインズ新作『メイ・ディセンバー ゆれる真実』を観た。本作はアメリカで実際にあったスキャンダルを基にした話だ。観る前はオリヴィエ・アサイヤス『アクトレス~女たちの舞台~』のような作品をイメージしていたのだが、この方面よりもサバービア映画の文脈から観た方が腑に落ちる作品であった。

『メイ・ディセンバー ゆれる真実』あらすじ

「キャロル」「エデンより彼方に」のトッド・ヘインズ監督がメガホンをとり、アメリカで実際にあったスキャンダルを題材に、ナタリー・ポートマンとジュリアン・ムーアという実力派俳優が豪華共演を果たしたサスペンスドラマ。

20年前、当時36歳の女性グレイシーは、23歳年下の13歳の少年ジョーと運命的な恋に落ちるが、2人の関係は大きなスキャンダルとなり、連日タブロイド紙を賑わせる。グレイシーは未成年と関係をもったことで罪に問われて服役し、獄中でジョーとの間にできた子どもを出産。出所後に晴れて2人は結婚する。それから20年以上の月日が流れ、いまだ嫌がらせを受けることがあっても、なにごともなかったかのように幸せに過ごすグレイシーとジョー。そんな2人を題材にした映画が製作されることになり、グレイシー役を演じるハリウッド女優のエリザベスが、役作りのリサーチのために彼らの近くにやってくる。エリザベスの執拗な観察と質問により、夫婦は自らの過去とあらためて向き合うことになり、同時に役になり切ろうとするエリザベスも夫婦の深い沼へと落ちていく。

ナタリー・ポートマンがエリザベス、ジュリアン・ムーアがグレイシーをそれぞれ演じ、ジョー役は「バッドボーイズ フォー・ライフ」やテレビシリーズ「リバーデイル」で活躍するチャールズ・メルトンが務めた。2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。第81回ゴールデングローブ賞では作品賞、主演女優賞、助演女優賞、助演男優賞に、第96回アカデミー賞では脚本賞にノミネートされた。

映画.comより引用

空っぽな侵略者によって暴かれる

13歳の少年ジョーと恋に落ちるも性的加害の疑いで逮捕されるグレイシー。彼女は獄中で出産し、出所後に彼と結ばれる。それから20年以上の時が経ち、このスキャンダルを映画化することになる。主演を務めるエリザベスが調査のために家庭に密着することとなる。

本作はスキャンダラスな過去に対する回想は行われず、全て「今」の時制で進行する。エリザベスが取材をする中でジョーやグレイシー、家族の中にある膿が絞り出される作りとなっている。そのため、あらすじから想像するようなショッキングな場面が直接されるわけではなく、思わせぶりな空気が延々と続くので、物語構造が分かるまでは結構キツいものがある。

ただ、本作を安易に当事者/非当事者の平行線な関係と結びつけるのではなく、サバービアにおける家侵入ものと定義することで面白い視点が浮かび上がってくる。

「普通」を求めて校外でのコミュニティに身を潜め、20年前ものスキャンダルとは和解したかに思える家族。そこへ、「空っぽ」なグレイシーの分身が侵入する。同じようなメイクをし、グレイシーの分身として家族に溶け込もうとするエリザベスに対してジョーや子どもたちは警戒の眼差しを向ける。彼女が侵入したことで「普通の家族」として振る舞ってきたものが瓦解し、トラウマと向き合わねばならなくなる。このように捉えると、ラストになってようやく撮影が始まり、いままでのやり取りがなんだったのかと思えるほどエリザベスが吸収してきたものが見えにくい演技の連続が腑に落ちる。つまりエリザベスは最後まで空っぽなグレイシーの分身として機能しているといえるのだ。

これは、実際のスキャンダルを映画化することに対する批判的な視点ともいえ、結局のところどこまで進んでも当事者とは重ならず、過剰に対象へ歩み寄ることが加害になるのではと物語っている。
※映画.comより画像引用