『違国日記』宙吊りの感情表現について

違国日記(2024)

監督:瀬田なつき
出演:新垣結衣、早瀬憩、夏帆、小宮山莉渚etc

評価:40点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

瀬田なつき監督新作『違国日記』を観てきた。瀬田なつきといえば、空虚な人物のふわふわした感情を身体表象で描く傾向が強い監督で、思春期の女の子のありあまる体力が制御されず、風船のように右へ左へと揺らめく様子が面白かったりする。そんな彼女が、両親の死により不安定となる子とそれを引き取ることになったコミュ障小説家との関係性を描く。より身体表象と心理が密接に関わってくる作品に思えて期待していた。しかし、これが困った作品であった。

『違国日記』あらすじ

コミック誌「FEEL YOUNG」で2017年から2023年まで連載されたヤマシタトモコの同名漫画を映画化し、人見知りな女性小説家と人懐っこい姪の奇妙な共同生活を描いたヒューマンドラマ。

大嫌いだった姉を亡くした35歳の小説家・高代槙生は、姉の娘である15歳の田汲朝に無神経な言葉を吐く親族たちの態度に我慢ならず、朝を引き取ることに。他人と一緒に暮らすことに戸惑う不器用な槙生を、親友の醍醐奈々や元恋人の笠町信吾が支えていく。対照的な性格の槙生と朝は、なかなか理解し合えない寂しさを抱えながらも、丁寧に日々を重ね生活を育むうちに、家族とも異なるかけがえのない関係を築いていく。

新垣結衣が槙生役、オーディションで抜てきされた新人・早瀬憩が朝役でダブル主演を務め、槙生の友人・醍醐を夏帆、元恋人・笠町を瀬戸康史、朝の親友・楢えみりを小宮山莉渚がそれぞれ演じる。監督・脚本は「PARKS パークス」「ジオラマボーイ・パノラマガール」の瀬田なつき。

映画.comより引用

宙吊りの感情表現について

交通事故により両親が死亡する。通夜の席で孤独に苛まれる朝を見かねた槙生は彼女を引き取ることにする。

「結婚なんてしない。子どもなんて要らない。姉が亡くなろうと恨みは変わらない。」

と思っていた槙生だったが、朝との対話の中で自分の内面と向き合う必要が出てくる。

本作は、喪失により向けられる眼差しが委縮を引き起こし、感情を爆発させたいけれど上手くできない二人が時間と共に他者との距離感を取り戻していく過程を描いている。そのため、前半では自分を抑えているような動きが特徴的となっており、やがて元気になり自分を出そうとするのだが、アクセルとブレーキを間違え、失敗を通じて段々と自分を取り戻していく演出となっており、瀬田なつき監督による身体表象がより繊細なものとして描かれている。

また、漫画的ショットが独特の怖さ、観客を宙吊りにしていくところが面白い。高校の入学式、友人と一緒に歩いている朝だったが、突然ひとりになり「あれっ?」と首をかしげるショットが挿入される。親密なようで孤独な彼女の心象世界を象徴するショットである。漫画のコマのように境界を意識させた画の連続がその後のシーンに響いてくる。彼女がえみりに声をかける。しかし、別の友人グループの中にいる彼女は翳りのある表情のまま朝の声に反応せずに去って行ってしまう。それにがっかりする朝だったが、すぐさま、えみりが戻ってきて笑みを浮かべる。これが朝の心象世界なのか現実なのかは判断がつかない。えみりとの関係性が壊れてしまったのかはいくつかの場面の後に判明する訳だが、それまでは宙吊りの状態となっている。この演出に痺れた。

しかし、一方で『海街diary』に近い丁寧だけれども雑なストーリーテリングがノイズとなってしまう。特に高校編で朝の友人たちの描写は、どれも点として配置されており人間が描けていない。軽音部で朝が憧れを抱いている人、教室で本を読んでいる人、おそらく原作では重要なキャラクターなのだろう。しかし、時間の関係でただ登場するだけに留まってしまっている。

また、えみりとの関係性も問題がある。中学生編でえみりが朝の両親の死をある種のアウティングとして学校の先生に伝えてしまい一度は関係性が崩壊してしまう。それが時間と共に修復されていくのだが、今度はえみりから朝に対して自分がレズビアンであることがカミングアウトされる。それに狼狽し、自分の無意識なる加害性にショックを受ける。非常に印象的なシーンであるのだが、それ以降このエピソードは物語に絡んでこない。これは大いに問題があるように思える。中途半端に描くくらいなら、えみりが女とデートしているのを朝が目撃するショットだけに留めるべきであり、ここまで雑だと、演出として性的マイノリティを利用しているだけにしか思えない。

結局、想像以上に脚本が上手くいっていない映画だったなと思い落胆したのであった。
※映画.comより画像引用