蟲(2018)
INSECT
監督:ヤン・シュヴァンクマイエル
出演:イジー・ラーブス、Jan Budar、ヤロミール・ドゥラヴァetc
評価:50点
大学4年生の時に、ブンブンの敬愛するチェコのアニメ作家ヤン・シュヴァンクマイエルが引退作『蟲』を作るから出資してくれとクラウドファンディングをしていた。当時大学生、金欠であったが、シュヴァンクマイエルがそういうなら出資しようと思い挑戦した。人生初のクラウドファンディングチャレンジだ。それから、監督のサイン入りポスターが届くも、「映画ができて、チェコでの上映が終わったタイミングでvimeo配信するからお楽しみに」というメッセージ以降1年近く音沙汰がなかった。そんな中、つい先日、
First, we have to apologize for the silence. The whole team had quite a lot of work with numerous exhibitions of Jan Švankmajer’s objects that took place mainly abroad.
訳:まず、我々が長い間音沙汰なかったことをお詫び申し上げます。我がチームは、主に海外で開催されているヤン・シュヴァンクマイエルの展示会関連の業務に多くのことが割かれていました。
というメッセージから始まるメールが届きました。そして、予定通り、vimeoのリンクを貼っておくので楽しんでくれと遂にブンブンが『蟲』を観る日がやってきました。実は昨年7月にイメージ・フォーラムで上映されていたのですがすっかり見逃してしまったので、お茶の間で正座しながら彼の有終の美を拝見しました。
『蟲』あらすじ
アマチュアの俳優がチャペック兄弟の戯曲『Pictures from the Insects’ Life』の練習をする。しかし、練習するうちに、俳優たちは昆虫の幻覚を見るようになる…ヤン・シュヴァンクマイエルの遺言状
本作は、完全にヤン・シュヴァンクマイエルのファン映画となっています。彼の映画のファン以外は、この映画を評価しないことでしょう。彼のファンであって、彼のフィルモグラフィーの中でワーストに位置付けることでしょう。本作は、チャペック兄弟の戯曲を演じる者を描いた話なのだが、そこに映画製作の裏側のドキュメンタリーを挿入していく歪な構成になっています。映画の外側、映画、映画の中の劇、劇の世界、この多層構造でもって虚実入り乱れた世界を紡ぎだそうとしている。ただ、その手法はもう多くの監督が行なっている。そして、ドキュメンタリー要素と映画の世界を等価に描く監督といえばフェデリコ・フェリーニを思い浮かべるのだが、フェリーニと比べると、非常にお粗末な出来となっています。端的にいえば、本作のドキュメンタリーパートはDVDの特典映像でやるべき内容でしかないのです。単純にカーテンを開くと虫が窓にべったり張り付いている場面や、ストップモーションアニメの技法を、並べているだけなのです。これが物語に絡んでいるかと聞かれたら、反発しているだけと答える。まるで汁と麺が分離しているラーメンを食べたような気分になります。
それこそ、フェリーニの『インテルビスタ』を例に取ればレベルは一目瞭然。昭和時代の学術漫画のような切り口で、お上りな日本人がフェリーニと出会い、カメラを回す。そのインタビューを通じて、フェリーニは夢に溢れた映画の世界を泳ぐという、ドキュメンタリーから物語としての語り口へとシームレスにシフトしていく構成となっていました。その縦横無尽にジャンルの垣根を超えて行く様に映画の自由さ、面白さがありました。
一方、『蟲』の場合は、ドキュメンタリーと物語的表現が完全に分離しています。それどころか、演劇は演劇、アニメはアニメと一々分けて描いていてどうもギコチナイ。チャペック兄弟の『Pictures from the Insects’ Life』とフランティシェク・ラディスラフ・チェラコフスキーが翻案したシェイクスピア原作の『リア王』を引用していると語っているが、それが単なる記号でしかないように見える。もちろん『ファウスト』だって、原作崩壊もいいところではあるのだが、あちらは演出が超絶技巧だったが故にそういうところが気にならなくなる作りであった。だからあの『ファウスト』で部屋の中から外に行き来する操り人形の、シームレスな異形混合技術はどこへ行ってしまったのだろうかと思う。だから、シュヴァンクマイエルの映画としてはワーストだ。
でも、そう貶したところで、本作は嫌いかどうかと聞かれたら、断然好きである。これはクラウドファンディングで出資したからとかそういう話ではない。『蟲』には、ヤン・シュヴァンクマイエルが後世にチェコアニメの面白さ、そして自身の技術を伝えたいというソウルに満ち溢れていました。ヤン・シュヴァンクマイエルは丁寧な技術本も出しているが、やはりそれだけだと分かりにくかった超絶技巧を本作では教えてくれるのだ。
ただ、その多くは愚直の賜物で、頑張れば素人もできるものばかり。フンコロガシのフンが巨大化する場面は、形の違うフンを一生懸命スタッフが入れ替えて撮っているだけ。そのフンが襲いかかる場面は、フンの後ろから人が押しているだけだ。大量のありをぶち撒けたりするシーンは、スタッフが一々集める。中にはアリに噛まれて、痛い痛いと飛び上がっているものもいる。ストップアニメーションとは、スタッフ一丸となって、イカしたものを信じて、愚直に努力して創り上げた結晶なんだと教えてくれます。
そしてヤン・シュヴァンクマイエルが「私はあなたに語ったぞ!」と言い、映画が終わる時、ありがとう!ヤン・シュヴァンクマイエル!あなたの遺言、しっかり受け取ったぜ!と胸が熱くなりました。クラウドファンディングに参加して本当によかったと思います。
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