アイカ(2018)
AYKA
監督:セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ
出演:Samal Yeslyamova, Aleksandr Zlatopolskiy
評価:60点
カンヌ国際映画祭で女優賞(Samal Yeslyamova)を受賞したカザフスタン映画『アイカ』を東京フィルメックスで観てきました。前作『トルパン』で東京国際映画祭グランプリを受賞したセルゲイ・ドヴォルツェヴォイ10年ぶりの新作ということで映画祭クラスタ界隈では大注目されていたのだが果たして…※第19回東京フィルメックス最優秀作品賞を受賞しました。おめでとう!
『アイカ』あらすじ
アイカは、キルギスからモスクワに裁縫ビジネスで起業するためにやってきた移民だ。しかし、彼女の現実は厳しく、男に強姦され、借金も背負ってしまった。中絶費用も時間も捻出できず、産婦人科で出産したアイカ。彼女は、金を稼ぐために病院から抜け出し、仕事へ向かうのであった…外国人労働者受け入れが加速する今こそ観なければいけない
セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督によると、本作は実際にモスクワにいるキルギス移民の過酷な労働条件から着想を得て撮影されたとのこと。『トルパン』に出演していたSamal Yeslyamova、撮影を担当していたJolanta Dylewska(『ポコット 動物たちの復讐』『ソハの地下水道』の撮影監督でもある)を再集結させてこのテーマに挑んだ。
本作は、モスクワで血を這うように生きるキルギス人の生き様を至近距離で撮影することで、生々しくリアルな現状を紡ぎ出す。物語は、アイカが赤ちゃんを産みおろし、病院から脱出するところから始まる。今にも死にそうな面立ちで、トイレに行くアイカ。看護婦の目を盗んで窓から逃走しようとするのだが、なかなか扉が開かない。観客はアイカの不器用な手つきにもどかしさを覚える。そして棚が倒れ、ガッシャンと大きな音が院内に響き渡り、もうダメだ!というところで間一髪彼女は病院を抜け出す。
彼女は何故急いでいるのだろう、ひっきりなしに電話がかかる。彼女は、息を荒げながら「大丈夫よ、隠れてなんかいない」といいながら薄暗い地下にやってくる。彼女は明らかに休んだ方がいい。赤らかに体調が悪いにも関わらず、謎の食品工場で鶏肉製造を行うのだ。何度も吐きそうになる彼女。鶏肉を洗う水を従業員の隙を見て飲む。薬も飲んで、何とか両足で立っていられる状態だ。そして仕事が終わり、マネージャーから鶏肉が配られる。アイカは「給料ください」というがなかなかマネージャーは給料を出そうとはしない。そして…マネージャーはトンズラした。トボトボと満員電車に揺られ、家に帰るアイカ。彼女の家は、無数の移民が狭い家を布切れで区切る劣悪な場所だった…
星野源は『ワークソング』の中でこう語っている
いつでもみんな奇跡を待つだろう
何もできずに
いつでもみんな何かを追いかけて
涙や赤い唾を吐いて
まさしく、星野源のメッセージはアイカの為にあるような作品といえよう。
冗談はさておき、最近外国人技能実習生の失踪事件がベトナム人のケースをきっかけに日本で報道されるようになった。家族の為、借金をしてまで日本に出稼ぎにやってきたはいいものの、待っていたのは過酷な単純労働。働けど働けど貯金は増えず、右から左へと流れていく。そしてあまりの過酷さに失踪してしまう…
日本は今、少子高齢化が深刻化し、慢性的な人手不足になっている。そして政府は、従来原則禁止としていた外国人の単純労働者受け入れを積極的に許可していく姿勢をみせ始めた。そんな日本だからこそ、この映画を観なくてはいけない。労働者確保の為に安易に移民を受け入れると、日本人も外国人も不幸になる可能性があることをしっかり認知する必要があります。外国人労働者からすれば、悲惨な現状に対する一抹の光を求めて日本に来るだろう。十分な能力を持っていなかろうと、重病を患っていようと、藁にもすがるような思いでやって来るだろう。彼らだって、所詮外国に渡っても大した仕事はできない。過酷だということは頭の片隅にある。しかし、背水の陣になっている、失うものは何もない状態において、外国に渡るのは唯一残された幸せになる方法なのだ。だから、外国に渡る。しかし、十分な知識も能力もないので、待っているのは単純労働のみ。文化的知識がないので、粗相をしてしまい現地人との軋轢が生まれる。それが現地人と移民の間で憎悪となっていき、差別が生まれる。しまいには互いに憎しみ合うようになる。
アイカは、常に時間に追われている。迫り来る借金取りにお金を返す為、全身ボロボロな自分に鞭打って働く。本作を観る人はこう思うだろう「休めよ」。しかし、背水の陣である彼女にはもはや判断力がないのだ。満員電車に揉まれ、給料ピンハネされるかもしれない怪しい現場であろうともとりあえず行くしかないのだ。そう考えると彼女が、強姦されて妊娠しているのに中絶を選択肢なかったのも見えてくる。彼女にはお金も時間もないのだ。中絶するのに必要なお金も用意できない。そして、常に働く必要があるので、まとまった時間が取れないのだ。時間が経つほど首が締まっていくのは容易に想像できる。しかし、指をくわえて自分の首が締まるのを見つめることしかできないのだ。
記録的豪雪が観測されたロシア。奇跡的なロケーションがアイカの悲哀を増幅させ、観るものに強烈な問題提起を投げかける作品でした。
本作は、確かにカンヌ国際映画祭で賞を獲れるよう考え抜かれた傾向と対策映画だ。そのあざとさこそ、鼻にはつくのだが、今の日本と変わらない状況が綴られたこの作品は、日本人全員、最低でも政府関係者は観なくてはいけない作品でした。幸運なことに来年日本で公開されるので、是非挑戦してみてください。
参考資料
・技能実習生の「失踪」が過去最多に 背景に過酷な経済状況(AERAdot. 澤田晃宏 2018.11.21記事)
・外国人の「単純労働者」を受け入れへ 人手不足に直面し、政府が政策を「大転換」(日経ビジネス 磯山友幸 2018.6.1記事)
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