【ネタバレなし解説】「エリザのために」ムンジウが裏に隠すルーマニア問題

エリザのために(2016)
Bacalaureat(2016)

監督:クリスティアン・ムンジウ
出演:アドリアン・ティティエニ、
マリア・ドラグシ、
ブラド・イバノフetc

評価:80点

4ヶ月、3週と2日


「汚れなき祈り」、
そして今回の「エリザのために」
でカンヌ国際映画祭
受賞という快挙を成し遂げた
ルーマニアの巨匠
クリスティアン・ムンジウ。

その「エリザのために」が
昨日公開されたので
シネマカリテで観てきました。

「4ヶ月、3週と2日」
「汚れなき祈り」はなかなか
野心的で面白い作品。
また、昨年東京国際映画祭で
観たルーマニア映画
シエラネバダ

」も
面白かったことから
期待度が高まるが果たして…

「エリザのために」あらすじ

卒業試験を迎える娘は、
試験日当日に、何者かに強姦され
テストが受けられなくなってしまう。

なんとしてでも娘を特待生で
イギリスの大学へ進学させたい
父親は、ありとあらゆるコネを
使い交渉。
ようやく娘はテストを受けられるように
なるのだが、父の娘に対する愛が
暴走し、テストの点を捏造しようと
東奔西走するのだが…

3つのサスペンスの
アンサンブル

まず、本作はガチでカンヌを
獲りにいった作品であることを
語っておく必要がある。
「4ヶ月、3週と2日」、
「汚れなき祈り」はかなり
観る人を選ぶ尖った作品故に、
賞を獲れたことに驚きを隠せない
のだが、この「エリザのために」は
カンヌ国際映画祭でいかにも
賞を獲りそうな作りをしており、
今までのムンジウ映画と比べ
丸くなっている。
優等生映画になっているのだ。

ドキュメンタリータッチ+
シリアスドラマ+
感情のぶつかり合い
を綺麗に
収めているので
監督賞は必然であっただろう。

そのカンヌに媚びている感じが
玉に瑕ながらも本作は紛れもない傑作だ。

「娘のためにテストの不正を行う話」
をベースに、レイプ犯を探す
ミステリーや定期的に得体の知れない何かに
攻撃されるホラーといったサブエピソード
が展開され、その坩堝の中に
停滞した現代ルーマニア社会の
闇を見出す非常に重厚で、
2時間ずっとハラハラドキドキさせられます。

そして、これがまた、
ドキュメンタリータッチで
徹底的にリアリズムに描くところがミソ。

父親が娘のために、街の名医という
肩書きを利用して、市長や学校関係
者に交渉しに行くのだが、
ドキュメンタリータッチに
することで会話が生々しく映る。
父:採点者は誰だ?
教育関係者:俺の知り合いだが、
一人だけ面識がない奴がいる
父:そいつをお前の知り合いに
差し替えることはできるか?
教育関係者:そりゃ怪しまれるでしょ?

決して、映画の中の特殊な人の会話ではなく、
私たちも何か隠し事をする際、
友だちと一緒に悩んで口裏を合わせるような
感じなので、親近感を覚え、
「えっつバレるのでは?」
とハラハラさせられます。

そして、父はさらに娘を酷い目に
遭わせた犯人を捜す等、
サブエピソードを絡ませていくことで、
ドンドン窮地に陥っていく父親に
観ている方が「もうやめよう!」
と言いたくなる。

ルーマニア独特の閉塞感や、
暗闇を使った演出が、
これまたそこら辺の
ホラー映画よりも怖かったりするので、
これは何なんだ!
サスペンスなのか?ホラーなのか?
とブンブンの心を揺さぶり
非常に上手いエンディングを迎える。

初日なのにあまり人が入っていないのが
もったいないほど、素晴らしい
バれるかバれないかサスペンスでした。

見え隠れするルーマニアの闇

本作は、一見普通のサスペンスに
見えて非常にルーマニア社会の
縮図を上手く提示した作品でもある。

ルーマニアは
1960年代から1980年代まで
ニコラエ・チャウシェスク大統領

の下、社会主義国家を築き上げていた。
そして、「4ヶ月、3週と2日」でも
描かれた人口増加を
目指した人工中絶の禁止
を行ったり、
富を大統領関係者で独占したり
する横暴な政策を行った末、
国民が暴動を起こし、
革命軍に捕まり
処刑された。

革命は成功したものの、
それ以後、ルーマニアの
経済は停滞の一途を辿り、
不景気・貧富の格差が
ますます激しくなり、
旅行者の間では
犯罪に巻き込まれる
可能性の高い危険な
街という認識が
広まってしまった。

「エリザのために」を
観ると、社会主義だからこそ
「助け合って汚職に励もう」
といった描写が多数描かれている。
お互いに、昔のよしみで、
賄賂を送り優遇して貰ったり、
人を紹介して貰ったり、
テストの点数を捏造したりしている。
そして「正直者が損する社会」だと
はっきり言っているので恐ろしい
ルーマニア社会像が見えてくる。

また、父は娘に、
「この国はもうダメだから、、、
幸せになってほしいから、、、
イギリスの大学へ
進学してほしい」
と言うシーンは、
このルーマニアの現状を
受けて考えると非常に
重く哀しく観客にのしかかってきます。
何故、テストで9割取らねばならないのか?
医者の娘なら病院に継げばいいのでは?
といった問題は、すべてルーマニア社会が
関係してくる。

ってことで、「シエラネバダ」に
次いで大傑作だった「エリザのために」。
ルーマニア史を勉強したくなった
ブンブンでした。

是非劇場でウォッチしてみてください♪

P.S.
日本未公開ではあるが、
ムンジウの2009年作品
「Tales from the Golden Age」
が観たくなったぞ!

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