アウトサイダー(THE OUTSIDERS)
監督:フランシス・フォード・コッポラ
出演:C・トーマス・ハウエル、マット・ディロン
評価:60点
フランスで同時多発テロが起きたり、
ドイツで移民の流入を防ぐため
妨害をしたりと何かと不安定なヨーロッパ情勢。
どちらも憧れや嫉妬が生み出す或る種の憎しみ
による問題だと考えられる。
前者では、アメリカやフランスが
自分の文化を押しつける、
自分たちの爆撃しようとも謝らず、
かといってフランスが攻撃されようなら
先進国の人々から慰めのトリコロールを頂く
等の不平等さから憎しみを抱き
さらなる報復を匂わせている。
後者に関しては、貧しく差別されている
自国から脱出し先進国に移り住み、
自分のアイデンティティを変えようとし
移動を試みるが国境付近で止められ、
先進国に憎しみを募らせていく。
どうも人類は再び、
「住居とアイデンティティの問題」に向かい合わねばならない
時期に突入しているようだ。
今回紹介する「アウトサイダー」からその問題を考えて
みる。
コッポラ版「ウエストサイド物語」
S・E・ヒントンのヤングアダルト小説が原作。オクラホマ州にの貧困層にある少年グループ「グリース」
に所属する少年が仲間を救うために富裕層グループ
「ソッシュ」の連中を殺してしまった事から
悲劇の扉を開いてしまうという内容である。
互いの層は住居区自体は異なるが、
学校やドライブインシアターなどと言った場所は
両者混在しており、「ウエストサイド物語」のように
階級を超えた恋愛でもめたりする。
カースト上位の「ソッシュ」は高慢になり
「グリース」をけなし暴力でいじめる。
そして、一つのカウンターが悲劇を生む。
原作が児童小説故か、
シリアスさが低い。
ちゃんと「グリース」側が殺した後、
「ソッシュ」の連中と相談して
決闘の時間と場所を決めている
ところが少年映画らしい。
「ウエストサイド物語」も
ヤクザやギャングスター映画のような
鬼畜過ぎる裏切りがないため
或る種のファンタジーである。
しかし、現実はどうだろうか?
フランスでの同時多発テロ直後、
間髪入れずにフランス国防省は
シリアを空爆した。
この作品に例えると、
「グリース」側から事情説明ないまま、
「ソッシュ」側が「グリース」側の
住居を壊滅させたことに等しい。
現実の世界では、
血も涙もないことが起きている。
シリアではパリ以上に罪なき
人々が殺されているのに、
FBではメディアの煽りに乗せられ
恐ろしいほどにトリコロール
が満ちあふれており不気味だ。
まさに住む場所によって、
一つの問題が世間に与える
印象が180度違う。
というよりも、強い国での
問題の方が半ばメディアによって被害妄想的に
誇張されている。
そして、それに市民は
踊らされていき、誇張された民意が
可視化できるほどに巨大化。
これが弱い国の憎しみを増長させ
新たな悲劇への引き金となる。
当ブログで何度も引用しているが、
「ひなぎく」の
「踏みにじられたサラダだけを可哀想に
思わない者に捧げる」って言葉を
トリコロール族に送りたい。
ということは残念だ。
追悼する意味合いでトリコロールを
掲げる気持ちも分からなくはない。
しかし、単にレアな事件で表面的に
見えてきた惨劇に対してのみ
悲しむ為に使用したのなら、
それは別階級のものへ憎しみを
抱かせることであろう。
まさに、現実は
「アウトサイダー」以上に
エクストリームである。
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