Rewind & Play(2022)
監督:アラン・ゴミ
評価:75点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
ベルリン国際映画祭でアラン・ゴミ『Dao』が話題となっているため、『Rewind & Play』を再鑑賞した。
『Rewind & Play』あらすじ
Décembre 1969, Thelonious Monk arrive à Paris. Avant son concert du soir, il enregistre une émission pour la télévision française. Les rushes qui ont été conservés nous montrent un Thelonious Monk rare, proche, en proie à la violente fabrique de stéréotypes dont il tente de s’échapper. Le film devient la traversée de ce grand artiste, qui voudrait n’exister que pour sa musique. Et le portrait en creux d’une machine médiatique aussi ridicule que révoltante.
訳:1969年12月、セロニアス・モンクがパリに到着。前衛的なコンサート・デュ・ソワール、イル・アンレジストル・ウン・エミッション・プール・ラ・テレビジョン・フランセーズ。セロニアス・モンクのレアな作品を安全に保存するために、ステレオタイプの暴力的な生地を開発する必要はありません。偉大な芸術家である映画の逸脱者、音楽を楽しむために存在しないもの。機械メディアの肖像画は、オーストラリアの冷笑的なものです。
放送の外側で
名ジャズピアニストのセロニアス・モンクが汗だくになりながらインタビューに答える。1969年、音楽プロデューサーであるアンリ・ルノーがセロニアス・モンクをテレビ番組「Jazz Portrait」に招いたのだ。番組は、ゲストに対してインタビューし、ルノーが翻訳するといったものだ。映画の冒頭で、テレビ番組でもあるにもかかわらず放送事故のようなセロニアス・モンクのクローズアップを使用した点で本作はメディア批判の作品であることがわかる。実際のテレビ番組の放送を再構築することで、番組の背景にあるステレオタイプな側面、語られない物語へとフォーカスを当てていく。
アンリ・ルノーは、モンクの物語を語る。モンクの楽曲は1940年代に書かれたものの、評価されるには1958年まで待つ必要があったと。モンクはあまり話していないように見える。当事者でありながら彼抜きで物語が進んでいるように思える。そして、ようやく彼が口を開くも、ルノーは「その話はよそう」と言う。1954年、フランスでのコンサートで他の白人の共演者より報酬が少なかったことが暴露される。番組としては、この部分をカットしたいので撮り直しを要求する。つまり、冒頭汗だくになりながら話しているモンク、あまりにぎこちない本放送の映像は、モンクとルノーのナラティブ戦によるものだったことが発覚するのだ。アラン・ゴミ監督は『L’afrance』『Petite lumière』で時間跳躍を巧みに使った感情表現を行っていたが、本作ではテレビ放送におけるメディア論で応用させていた。この工房があるからこそ、映画後半で情緒的に惹きならされるモンクの旋律に涙する。だが、その感情を揺さぶる音楽の感覚は1969年放送時に視聴者が感じたものとは大きく異なるであろう。









