【第38回東京国際映画祭】『虚空への説教』バイダロフはあなたと合体したい

虚空への説教(2025)
Sermon to the Void

監督:ヒラル・バイダロフ
出演:フセイン・ナシロフ、マリヤム・ナギエヴァ、ラナ・アスガロワ、エルシャン・アッバソフ、オルハン・イスカンダルリetc

評価:100点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第38回東京国際映画祭で最も楽しみにしていたのは『虚空への説教』である。

「次は”VOID”に説教するよ」

数年前の東京国際映画祭でアゼルバイジャンの鬼才ヒラル・バイダロフはこのように語りフロアを沸かせた。楽しみにすること2年、ようやく完成したわけだが、宣材写真を観て驚かされた。あまりにも作風が異なっていたからだ。彼は作品を重ねるごとに心象世界へと潜っていった。彼は『死ぬ間際』がヴェネツィア国際映画祭に出品され注目を浴びた。日本でも市山尚三氏が惚れ込み、東京フィルメックスに本作を持って来た。彼が東京国際映画祭に移ってからもバイダロフのことは忘れておらず、『クレーン・ランタン』をコンペティション部門に選出したのだが、本作は監督自身「自分でも何を撮っているのかわからない」と語っており物議を醸した。本作の映像イメージは素材として次の『Sermon to the Fish』へと繋がり、そこから説教三部作が始まる訳だが、毎回テイストを変えながらバイダロフは心象世界の表象を試みた。『虚空への説教』はその集大成であり、2時間にわたる説教は当然ながら極度な賛否をもたらしたわけだが、私はこの映画こそ究極の作品だと感じた。

『虚空への説教』あらすじ

『クレーン・ランタン』で2021年東京国際映画祭・最優秀芸術貢献賞を受賞した、アゼルバイジャンの孤高の映画作家ヒラル・バイダロフの最新作。22年ロカルノ国際映画祭で上映された“Sermon to the Fish”、23年東京国際映画祭で上映された『鳥たちへの説教』に続く、「説教三部作」の最終章を成す作品。映画には明確なストーリーは存在せず、世界が終末を迎えるなか、「命の水」を探して広大な砂漠をさまようシャー・イスマエルと呼ばれる人物の旅が、驚異的な美しい映像の中に描かれる。論理的に理解するより、感覚的に没入することを楽しむべき映画と言えるだろう。「説教三部作」のこれまでの2作と同様、メキシコの鬼才カルロス・レイガダスがプロデューサーを務めている。

※第38回東京国際映画祭より引用

バイダロフはあなたと合体したい

「あなたと融合を目指す中で……」

いきなり不穏なナレーションから始まる。そして、沼のコポ……コポ……とゾワゾワさせるASMRと催眠的なBGMの中、色彩の暴力で殴りつけてくる。実験映画の色彩にはわかりやすい刻印がある。ゴダールならRGBカラー、デレク・ジャーマン『BLUE』ならイヴ・クライン、そしてガイ・マディンならサイレント映画時代の色彩がルーツであることは明らかだ。しかし、バイダロフの色彩はどういうことだろうか?どうやったら作れるのであろう色彩、その中で人が動いている異様さ。観客は通常、映画に接待されることを期待するが、本作は観客が映画というダンジョンへと潜ることを意味する。バイダロフの心象世界、無量空処と対峙しなければならないのだ。

その中では説教が揺蕩う。

「真実に目を背ける者は真実の敵だ」
「私より1000倍もの知識を有する者に会ったが、私の100分の1しか物事が見えていなかった」
「芸術は未知の完成への旅」

バイダロフは『鳥たちへの説教』の中で、戦禍が現実に広がっているであろう状況の中で、銃声だけを残し、ダンテ「神曲」のような物語を展開することで、戦禍における人間の内面を描こうとした。戦禍において芸術界は抽象画を通じた人間の内面に迫る傾向があるが、『虚空への説教』はまさしくその手の抽象画を映画というメディアでやってのけた一本なのである。その驚異的な世界に畏怖の念を抱いた。