【ネタバレ】『ワン・バトル・アフター・アナザー』This is Americaなんだろうけれども

ワン・バトル・アフター・アナザー(2025)
One Battle After Another

監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、レジーナ・ホール、テヤナ・テイラーetc

評価:50点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

『インヒアレント・ヴァイス』に引き続き、トマス・ピンチョン作品を映画化した鬼才ポール・トーマス・アンダーソン、どうやらワーナー・ブラザースとピンチョン・ユニバース計画を立てているようで、今後「重力の虹」と「メイスン&ディクスン」を映画化する予定らしい。

そんな彼の第二弾『ワン・バトル・アフター・アナザー』は「ヴァインランド」をベースとしており(原作というよりかはインスパイア元と言う方が正確らしい)、明らかに「重力の虹」へのリハーサルな内容となっている。実際に観ると、もはやポール・トーマス・アンダーソンしかピンチョンを扱えないであろう風格があり、「重力の虹」への期待が高まる一方で彼の限界も感じさせる一本となった。

『ワン・バトル・アフター・アナザー』あらすじ

ベルリン、カンヌ、ベネチアの3大映画祭で受賞歴を誇るポール・トーマス・アンダーソンが、レオナルド・ディカプリオを主演に迎えて手がけた監督作。トマス・ピンチョンの小説「ヴァインランド」からインスピレーションを得た物語で、冴えない元革命家の男が、何者かにひとり娘を狙われたことから次々と現れる刺客たちとの戦いを強いられ、逃げる者と追う者が入り乱れる追走劇を展開する。

かつては世を騒がせた革命家だったが、いまは平凡で冴えない日々を過ごすボブ。そんな彼の大切なひとり娘ウィラが、とある理由から命を狙われることとなってしまう。娘を守るため、次から次へと現れる刺客たちとの戦いに身を投じるボブだが、無慈悲な軍人のロックジョーが異常な執着心でウィラを狙い、父娘を追い詰めていく。

逃げ続ける中で革命家時代の闘争心を次第によみがえらせていくボブを、レオナルド・ディカプリオが演じ、ボブの宿敵であり、娘ウィラに執拗な執着をみせる軍人ロックジョーをショーン・ペンが怪演。ボブのピンチに現れる空手道場の謎のセンセイ(先生)をベニチオ・デル・トロ、ボブの革命家仲間をレジーナ・ホール、妻でカリスマ革命家をテヤナ・テイラーが演じ、新進俳優チェイス・インフィニティが娘ウィラ役を務める。

映画.comより引用

This is Americaなんだろうけれども

革命家であるボブは、仲間のペルフィディアとの間に娘を授かる。ある革命が失敗に終わり、ボブは娘を連れて他人に成りすまして隠居していた。そんなある日、娘が行方不明になる。すっかり、革命家としての自覚がなくなってしまったボブは東奔西走しながら娘を助けようとする。

ペルフィディアを中心にボブ、彼に嫉妬し娘を追跡する軍人ロックジョーの関係性が描かれていく。革命家の話ではあるものの、本質的にはライフステージの話であり、過去の勢いを失った男の再起の物語となっている。

本作では、ピンチョン的猥雑なギャグが再現されている。銃=男根のメタファーが軸となり、女を巡る奪い合いが表現されている。「重力の虹」においてV2ロケットが射精のメタファーになっていることを考えると、予行練習であることは明白であろう。

ただ、本作はポール・トーマス・アンダーソンお得意の編集と撮影の妙に衰えを感じさせるものがあった。カットを割り過ぎなのである。夜の街、暴動寸前の街中を軽快に滑るスケートボード。クールなショットになるはずなのだが、すぐにカットを割ってしまう。顔のクローズアップが多く、画として面白みにかける。また、彼の引用芸に関しても不満が残る。ビルが爆破するショットの角度的に『アルジェの戦い』からの引用であることは容易に察することができる。彼は自信がないのか、ボブがテレビで『アルジェの戦い』を観る場面を挿入してしまう。横移動も、したり顔で同じようなショットを連ねているだけでマンネリ感があるのだ。

もちろん、凄い場面も存在する。本作において最大の魅せ場は、上下運動を伴うカーチェイスであろう。赤いラコステの服を着た刺客がウィラを追い回す。上下の運動の刺客で、敵との距離が攪乱されることにより緊迫感が生まれる。圧倒的不利な状態を逆手に取り、「停止」という逆転の発想で敵を仕留める快感。これは『リコリス・ピザ』における逆走トラックシーンに近い興奮があった。

とはいえ、最後の最後であまりにも陳腐な「家族」を意識させるハッピーエンドで終わったところには心底がっかりした。確かに家族至上主義であるアメリカならではの落とし方であり、これこそがThis is Americaなんだろうけれども、発散の特性が強いトマス・ピンチョンの世界に対して収束で終わらせるのは悪手だろう。本作のラストは、やはり軍人ロックジョーが安堵の表情を魅せながらオフィスの天井を見上げ、予兆を抱くところで終わるべきだと感じた。なぜなら、天井にトラップを仕掛けるペルフィディアの背後を取った存在が背後を取られ逆転負けする構図になるからである。収束的エンディングにするなら、こちらの方がベターであろう。
※映画.comより画像引用