ひゃくえむ。(2025)
監督:岩井澤健治
出演:松坂桃李、染谷将太、笠間淳etc
評価:95点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
元陸上部として『ひゃくえむ。』を観に行った。陸上部とはいえ、長距離専門だったので、100mをイカロスが如く燃え尽きるように走る短距離とは異なり、7割ぐらいの力で体力を温存し遠くまで走り抜ける長距離のマインドが重要となるためノレるかなと思ったのだが、怠惰の側面が消滅した『アマデウス』といった内容で、超人の孤独に対する言語化の精度が高く胸を撃ち抜かれた。私自身、陸上部は体育会系部活を少し経験しておくと大人になった時に便利だろうという打算的な考えでやっており、部活態度も良かったとは言い難い。しかし、陸上部で培った持久力は執筆に活かされており、社会人になった今でも毎日のように映画の文章を書いている。気が付けば、ライバルから「あなたには叶わないよ」と言われるようになった。それは嬉しくもあったが、同時にそれは本当に自分が観たかった景色なのか?と疑問を抱くようになる。また、自分に憧れて文章を書く者があまりのスピードと独自的な内容に圧倒され、筆を折ってしまうケースも見てきた。『ひゃくえむ。』はまさしく、孤独の中で戦い、時に全力を出しつつも心を折られ、また追ってしまう者たちが自身の哲学を組み上げていき走り続ける様を描いた内容であり刺さった。刺さったどころではなく、メンタルに支障を来たし、帰宅後2時間、何もできなくなった。そんな悪魔の一本『ひゃくえむ。』について語っていく。
『ひゃくえむ。』あらすじ
「チ。 地球の運動について」で知られる漫画家・魚豊の連載デビュー作で、陸上競技の世界で「100メートル」という一瞬の輝きに魅せられた者たちの狂気と情熱を描いたスポーツ漫画「ひゃくえむ。」をアニメーション映画化。
生まれつき足が速く、友達も居場所も当たり前のように手に入れてきたトガシと、つらい現実を忘れるためがむしゃらに走り続けていた転校生の小宮。トガシは小宮に速く走る方法を教え、放課後に2人で練習を重ねていく。打ち込めるものを見つけた小宮は貪欲に記録を追うようになり、いつしか2人は100メートル走を通じてライバルとも親友ともいえる関係となる。数年後、天才ランナーとして名を馳せたトガシは、勝ち続けなければならない恐怖におびえていた。そんな彼の前に、トップランナーのひとりとなった小宮が現れる。
松坂桃李がトガシ、染谷将太が小宮の声をそれぞれ演じ、共演には内山昂輝、津田健次郎、高橋李依、種﨑敦美、悠木碧ら豪華声優陣が集結。2020年の長編第1作「音楽」で国内外から高く評価された岩井澤健治が監督を務め、「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」のむとうやすゆきが脚本を担当。
現実から逃げるために走り続ける私たちは
「走るのは辛い、でも走っている時、厭なことを忘れられるんだ」
俊足で友だちにも恵まれていながらどこか虚無感を抱いていたトガシの前に現れた転校生。体はズタボロ。土手をなにかに取り憑かれたようにして走る小宮に惹かれ、マンツーマンのトレーニングを始める。だがある日、小宮は親の事情で転校してしまう。その後、中学へ進み好成績を収めていたが、プレッシャーに耐え切れず高校は陸上部を引退し、平和に暮らそうとしていた。しかし、ひょんなことから廃部寸前の陸上部を救うため一肌脱ぐことになる。
本作は好き嫌いの次元にもはやいない者たちにかかった呪いを描いている。トガシも小宮も走るのが好きでやっているというよりかは虚無を紛らわせるために走っている。周囲からは神童として崇められ、実際に優勝経験も豊富だが、一度トップに上り詰めた後に残るのは重圧である。過去の自分、後続のライバルとのプレッシャー、強くならねばいけないとインタビューでは高尚なことを語りつつも、心のどこかでは震えており、それが身体に影響をもたらす。それぞれが独自に正論ではない邪の哲学を有しており、本当に分かり合える時にのみ語られる。個人的に海棠がトガシにアドバイスする「現実逃避論」に心奪われた。
ここまでくると、目標はえらく非現実的である。一方、現実は悲惨で伸び悩む成績やプレッシャーで押しつぶされそうになる。だからこそ、その非現実に向かって現実逃避する。しかし、ここで重要なのは現実を直視していることにある。でなければ暗中を彷徨うだけになる。これは心理である。私も執筆をしているのはある種現実逃避の側面が強い。結局、文章が書けたところで金にならないし、文才の代わりに多くを失った。仕事ができるわけでもない。そんな状況を意識しつつ、仕事は仕事で頑張りつつ、倍率1万倍以上の創作大賞優勝を目指して書いて書いて書きまくった。そして中間選考を突破した。発表直前までガクガク震えていた。それを抑えるようにして結果を読んだ。そして、その結果を冷静に分析した文章をアップした。『ひゃくえむ。』の世界とまさしく一緒なのである。だからこそ、ここまで自分の心情を精緻に言語化されてしまい、心が折られそうになったのだ。なんて恐ろしい映画なんだ。
※映画.comより画像引用