『落下の王国 4Kデジタルリマスター』編集された聖域の中で

落下の王国 4Kデジタルリマスター(2006)
The Fall

監督:ターセム
出演:リー・ペイス、カティンカ・ウンタルー、ジャスティン・ワデル、ダニエル・カルタジローンetc

評価:90点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

2025年11月21日(金)よりBunkamuraル・シネマ渋谷宮下、グランドシネマサンシャイン池袋ほかにて伝説のカルト映画『落下の王国』の4Kデジタルリマスター版が公開される。『落下の王国』は日本で根強い人気を誇る作品であった一方、ここ8年近くDVDは廃盤、サブスクにもなく鑑賞難易度が高騰していた作品である。そのため、2020年12月に日テレ「映画天国」で放送された時に話題となったことは記憶に新しい。数年前にMUBIが本作の4Kデジタルリマスターをリリースしたことで日本公開が待望されていたのだが、遂に凱旋日が決まった。試写で一足早く観させていただいたのだが、10年前に大学のゼミで観た時以上に面白く感じた。これは確かにあまりの凄さに創作の筆を折ってしまう人がいるのも納得である。

『落下の王国 4Kデジタルリマスター』あらすじ

長編デビュー作「ザ・セル」で鮮烈なビジュアル世界を築き注目を集めたターセム監督が、2006年に製作した長編第2作。構想26年、撮影期間4年をかけて完成させたオリジナル作品で、CGに頼らず、13の世界遺産と24カ国以上のロケーションをめぐって撮影された壮麗な映像と独創的な世界観が話題を呼んだ。4Kデジタルリマスター版では、オリジナルの劇場公開版ではカットされた新たなシーンが追加されている。

舞台は1915年。映画の撮影中に橋から落ちて大怪我を負ったスタントマンのロイは、病室のベッドで絶望の淵にあり、自暴自棄になっていた。そんな彼は、木から落ちて腕を骨折し入院していた5歳の無垢な少女アレクサンドリアと出会う。ロイは動けない自分の代わりに、アレクサンドリアに薬剤室から自殺用の薬を持ってこさせようと考え、彼女の気を引くために即興の冒険物語を語り始める。それは、愛する者や誇りを失い、深い闇に沈んだ6人の勇者たちが力を合わせて悪に立ち向かう壮大な物語だった。

ターセムが私財を投じて挑んだ自主製作映画で、デビッド・フィンチャーとスパイク・ジョーンズが製作をサポート。「ドラキュラ」でアカデミー衣装デザイン賞を受賞し、「ザ・セル」でもターセムと組んだ世界的デザイナーの石岡瑛子がコスチュームデザインを担当。

映画.comより引用

編集された聖域の中で

病院でアンニュイな日々を送っているアレクサンドリアはひょこんなことから、大ケガを負ったスタントマンであるロイと仲良くなる。ロイは空想物語を語り、彼女と一緒に物語を紡いでいく。しかし、この物語にはロイのある意図が含まれていた。

本作は映画における編集と空想における編集を結び付けた内容である。映画は、特にサイレント映画時代は、生身の人間がスタントをする現実が映し出されている。しかし、編集というハッタリでもって虚構的世界が広がっている。空想も同様である。我々の記憶にある要素を繋ぎ合わせて世界を生み出していくのだが、それは非ユークリッド的空間であり、現実の位置関係からみるとあり得ないような遷移をする。また、様々な文化がひとつの物語構造に当てはめられ、その地の文化性とは異なる側面を見せる。たとえば、インドパートに着目する。サルの相棒がうろつく中で悲劇に見舞われる場面。青い街並みが特徴的なジョードプルで物語が展開するのだが、サルが落下した先は、チャンド・バオリである。チャンド・バオリはインドの田舎町にまるでゼルダの伝説におけるダンジョンがごとく鎮座している空間なため、現実の地理関係を知っているとあり得ない繋がりだとわかる。しかし、編集の妙によりシームレスに空間が繋がる。そして圧倒的な美しさでもって、そのハッタリを現実として観客も受け止める。これこそが空想の特性なのだ。

このような映画の編集を客観的に捉える装置としての空想を繋げるものとしてアレクサンドリアのプリミティブな物理現象の虚構を配置している点が興味深い。アレクサンドリアは鍵穴からの光が織り成す影絵や、紙を切って作る仮面、片目を素早く瞬きすることによって擬似的に生み出されるアニメといった要素を手掛かりにロイの物語を受容していく。無垢である少女が虚構を組み上げる際に必要な編集の側面を会得していく過程が潤滑油となっているのだ。

一方で、本作は物語的弱点がある。本作はブルガリア映画『YO HO HO』のリメイクなのだが、少年から少女に変更してしまったことで、自暴自棄になった青年の話を幼女が親身に聞くといった危うい構造となっている。これだけならまだしも、ロイは段々と自暴自棄になりアレクサンドリアに凄惨な物語を語りトラウマを植え付けてしまうのだ。その描写に対する救済処置は希薄なので、物語としての怖さがある。ここは評価の分かれ目であり、玉に瑕な部分であろう。

しかし、それを差し引いてもフィクションの力を信じた圧巻の映像と、フィクションを構築する際の編集の側面に対する洞察力の慧眼さに私は惹かれたのである。

2025年11月21日(金)よりBunkamuraル・シネマ渋谷宮下、グランドシネマサンシャイン池袋ほかにて全国公開。

登場世界遺産数は最低19件である

10年前にゼミで鑑賞した際、調査で本作に登場する世界遺産を調べてブログに書いた。その時は13件としていたのだが、世界遺産アカデミー認定講師になった今観ると、明らかに13件以上ある。ということで調べてみた。中盤のグヌンカウィでの儀式でフラッシュ暗算が如く世界遺産ラッシュになる場面では一部特定ができなかったものもあるのだが、自分が調べた限り最低19件も世界遺産があることが判明した。それが以下である。(※は世界遺産に登録された年を示している。)

【トルコ】
イスタンブル歴史地区(アヤソフィア)※1985

【チェコ】
プラハの歴史地区(カレル橋)※1992

【イタリア】
ローマ歴史地区(カンピドリオ、コロッセオ)※1980
ティヴォリのハドリアヌス別荘※1999

【インド】
タージ・マハル※1983
アーグラ城※1983
ファテープル・シークリー※1986
ジャイプルのジャンタル・マンタル※2010
ラジャスタンの丘陵城塞群(アンベール城)※2013

【インドネシア】
バリ州の文化的景観 :トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム※2012

【カンボジア】
アンコールワット※1992

【中国】
万里の長城※1987
中国南方カルスト(漓江)※2007

【ナミビア】
トゥウェイフルフォンテーン(ツウィツァウス)※2007
ナミブ砂漠※2013

【エジプト】
メンフィスのピラミッド地帯※1979

【フランス】
パリのセーヌ河岸※1991

【スペイン】
歴史的城塞都市クエンカ※1996

【アメリカ】
自由の女神※1984

created by Rinker
ワーナーホームビデオ