『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ウェス・アンダーソンの万事快調

ザ・ザ・コルダのフェニキア計画(2025)
The Phoenician Scheme

監督:ウェス・アンダーソン
出演:ベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、リズ・アーメッド、トム・ハンクスetc

評価:90点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

ワルシャワ文化科学宮殿内にある映画館KINOTEKAでウェス・アンダーソン新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』を観てきた。『フレンチ・ディスパッチ』以降またはNetflixの短編シリーズ以降、ウェス・アンダーソンの作品は難解化したように思われる。今回もまたハイコンテクストな作品でありながら、さらなる高みへと到達した作品であった。

『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』あらすじ

ウェス・アンダーソン監督がベニチオ・デル・トロを主演に迎え、ビジネスの危機的状況を打開するべく旅に出たヨーロッパの富豪ザ・ザ・コルダが、娘で修道女のリーズルとともにさまざまな事件に巻き込まれていく姿を描いたコメディ。

独立した複数の都市国家からなる架空の大独立国フェニキア。6度の暗殺未遂を生き延びたヨーロッパの大富豪ザ・ザ・コルダは、フェニキア全域におよぶインフラを整備する大プロジェクト「フェニキア計画」を画策していた。成功すれば、今後150年にわたり毎年ザ・ザに利益が入ってくる。しかし妨害により赤字が拡大し、30年かけて練り上げてきた計画が危機に陥ってしまう。ザ・ザは資金調達のため、疎遠になっていた娘で後継人の修道女リーズルとともに、フェニキア全土を横断する旅に出るが……。

共演にはケイト・ウィンスレットの実娘で俳優のミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、リズ・アーメッドら、ウェス・アンダーソン監督作に初参加のキャストに加え、トム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチらおなじみの顔ぶれも集結。2025年・第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

映画.comより引用

ウェス・アンダーソンの万事快調

『フレンチ・ディスパッチ』で映画の雑誌化を試みたウェス・アンダーソン。今回は映画を通じて「歴史とは何か?」を問う。茶番スパイ映画のようなタッチで描かれているのだが、軸としてはフェニキアの歴史がある。地中海を中心に貿易に強い民族としてかつて覇権を握っていたフェニキア人。カルタゴ、ティロス、ビブロスなど拠点を作って貿易国家として発展してきたが、何度も滅ぼされてきた。滅ぼされては復活するフェニキア人の歴史を何度暗殺されようとも復活するザ・ザ・コルダに託す。彼の行為が新聞に掲載され歴史として残る。映画はフィクションであるため、虚構に徹しながらも、ミクロな行為が歴史に名を刻む様子でマクロな歴史観を捉えようとしているのである。特に突如始まるバスケフリースロー対決で敗北し窮地に立たされる展開を通じてフェニキア人の歴史の一部を語らせる部分には驚かされた。

今回のウェス・アンダーソンはストローブ=ユイレ的回転、ゴダール『万事快調』を彷彿させる横移動と人力スプリットスクリーン以上に彼独自の編集が光る。たとえば、大広間でザ・ザ・コルダと修道女リーズルとが対話する場面。最初は長机を正面にふたりが語り合う。カメラは少し下を向く。そこには、今回の重要な要素である靴箱がある。ふたりの距離感を示すために、彼女は壁際に立つ。切り返しのショットで、絨毯に並べられた靴箱の後ろに立つザ・ザ・コルダ。ふたりの駆け引きを妨害するように第三の眼差しとして子どもたちの群が挿入される。小津安二郎が細分化された空間に人を当てはめたように、長机が生み出す細長い隙間に人を埋め込み、長机を挟んで対話させたりする。通常の映画では観ることのできないようなコロンブスの卵を次から次へと展開していくのである。また、『白鳥』でフレームの外側にいる列車を男に紙を持たせることで同時共存させるテクニックは本作で応用されている。テロリストに襲撃された際、覗き窓が映される。シャンデリアの揺らめきと銃声によって襲撃が強調される。フレームの内側に外側を介在させる演出となっていて惹き込まれた。

アクションに関しても近年のハリウッド大作の怠惰なものとは比べ物にならないほど洗練されており、ベネディクト・カンバーバッチとの主観、見下ろしのショットを編み込んだ肉弾戦には胸ぐらを掴まれるものがあった。
※映画.comより画像引用