『熱帯の黙示録』終末ではなく次へ進めるために

熱帯の黙示録(2024)

監督:ペトラ・コスタ

評価:70点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

昨年から注目していたペトラ・コスタ監督の新作『熱帯の黙示録』がついにNetflixにて配信されたので観た。『ブラジル -消えゆく民主主義-』の続編的作品であるのだが、前作と比べると冷静淡々と政治と宗教の結びつきを捉えている印象を受けた。

『熱帯の黙示録』概要

民主主義はいつ終わり、神権政治が始まるのか? 「熱帯の黙示録」では、ペトラ・コスタ監督がブラジルでの10年間にわたる精神と政治の混乱をたどる旅へと視聴者を誘う。脆弱な民主主義の中に生命の兆候を探る試みは、権力、予言、信仰の誘惑への深い探求へと変貌していく。コスタ監督は、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領、ジャイル・ボルソナロ前大統領、そしてブラジルで最も有名なテレビ伝道師シラズ・マラファイアを相手に特別取材を敢行。政治の変化の記録にとどまらない「熱帯の黙示録」は、宗教が政治的野心の原動力となる際に浮き彫りになる断層を映像で追求する作品だ。
自身のアカデミー賞ノミネート作品「ブラジル -消えゆく民主主義-」で鋭い洞察力を示したコスタ監督は、個人的な体験、歴史、神話を織り交ぜる、徹底的な観察に基づいた映画製作で、混沌と恐怖が交錯する時代を記録する。信仰が私的な隠れ家から公の戦場に進出するなか、ブラジルは予言の力によって試される民主主義の世界を映し出す鏡をかざしているのだ。

Filmarksより引用

終末ではなく次へ進めるために

人びとは宗教の他に信仰しているものがある。それは民主主義であると語る所から始まる。19世紀、ポルトガルに支配されており治安も悪化していたリオ・デ・ジャネイロへの反発からブラジル人のブラジル人によるブラジル人のための首都を作る構想が寝られ、1950年代に新しい首都ブラジリアが作られた。ル・コルビュジエの弟子にあたるルシオ・コスタのパイロット・プランに従い都市が作られていった。ブラジリアを象徴する空間には三権広場がアリ、行政を監視するように向けられたクビチェク大統領の頭や労働者に捧げられた労働戦士の像といった記念碑があるのだが、民主主義の崩壊により翳りが生じていることを当時のフッテージと現代を重ねることで主張している。

前作ではルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァが政治的策略により失脚する様が描かれていたが、本作ではそこに関わっていたジャイール・ボルソナーロ大統領に迫る。宗教が人々をコントロールするのに手っ取り早いことを武器に、自らキリスト教へ改宗し政治利用しながら上り詰めていく様が描かれている。福音派が政治と結びつき政教分離の原則を覆す。インフルエンサー的振る舞いによって人々をコントロールし独裁政権となっていく恐怖が描かれる。一度、それを赦してしまうと人々は政策の内容よりも「誰が」「何が」を主語に考えるようになる。領域を囲い込むことで、領域間の議論が果たされなくなり、数の暴力でもって独裁がまかり通ってしまうのだ。これは宗教に限らず、日本でも同様のことが起きている。対話は存在せず、「推し」といった概念を利用した囲い込みで群内を統治し、自分の領域内では反対派が多いようで世間では真逆の政権が支持される。双方の意識の擦り合わせが行われないまま暴走していくこととなっている。

映画は黙示録は終末ではない。理解し前へ進むための概念であり、それつまり啓示であると締めくくられている。オデュッセイアのごとく2023年に復活を遂げたルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ。ブラジルに再び民主主義の芽が咲いた希望的結末は、日本でも観られるべきものがある。決して対岸の話ではないことがわかる。