『遠井さんは青春したい!「バカとスマホとロマンスと」』高度なネットリテラシーの教科書

遠井さんは青春したい!「バカとスマホとロマンスと」(2025)

監督:まんきゅう
出演:ジェル、豊崎愛生、内田雄馬、佐倉綾音、寺島惇太、石見舞菜香etc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

2.5次元アイドルグループ《すとぷり》はVTuber研究する中で時折でてくる名前だが、ミリしらで、大空スバル「ホットダック!」のMVを手掛けたなみぐる氏が莉犬の「わんぬ」のMVも手掛けている程度の知識だった。しかし、気づかぬところでガッツリ触れていたことが判明する。コロナ禍に観ていた「ジェルちゃんねる」がまさしく《すとぷり》コンテンツだったのだ。《すとぷり》のメンバーであるジェルが企画・脚本・キャラクターデザイン・音声や動画の収録・編集・キャラクターのアフレコなどを手掛けている短編アニメは、麻生周一的メタギャグ学園モノとなっており、「斉木楠雄のΨ難」や「ぼくのわたしの勇者学」に近い面白さとなっている。自分はハマったコンテンツはガッツリ観る傾向があるので「ジェルちゃんねる」は第1話から観ていたのである。ということで、懐かしさもあり急遽映画館へと足を運んだのだが、まんきゅう監督がメガホンを取っているだけに高度な作品に仕上がっていた。

『遠井さんは青春したい!「バカとスマホとロマンスと」』あらすじ

2.5次元アイドルグループ「すとぷり」のメンバーであるジェルが企画・脚本・キャラクターデザイン・音声や動画の収録・編集・キャラクターのアフレコなどをすべてひとりで手がけるオリジナルショートアニメ動画シリーズ「遠井さん」を映画化した学園コメディアニメ。

女子高生の遠井さんは普通の青春を送るつもりだったが、入学初日にハチャメチャ男子・ジェルに気に入られ、謎の「青春ロマンス部」に強制的に入部させられてしまう。活動内容は「青春っぽいこと」「ロマンっぽいこと」を探すだけ。ところが、なぜか予想外の展開が相次ぎ、まさかの動画配信まで始まる事態になってしまう。そんな中、ある事件が発生し……。

映画版ではジェルが原作・製作総指揮・声優を務め、すとぷりのリーダーであるななもり。が企画とプロデュースを担当。「映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ」のまんきゅうが監督、テレビアニメ「キミとアイドルプリキュア♪」の加藤陽一とジェルが脚本、ロックバンド「ヤバイTシャツ屋さん」のこやまたくやがオープニング主題歌の作詞・作曲を手がけた。

映画.comより引用

高度なネットリテラシーの教科書

コントを映画にするのは難しい。どちらも物語ではあるが、流れる時間が根本的に異なるため、コントのノリで映画を作ると失敗に終わる。これは実写版ポケモンなどで知られるYouTuberのSMOSHが映画を作り失敗した件や、吉本興業が沖縄国際映画祭を立ち上げお笑い芸人の中から巨匠を生み出そうと目論むも散々な結果に終わったことが物語っている。本作も序盤は不安が残るものであった。第1話の再現から始まり、映画ということでノベルゲームの質感から3Dアニメ的質感へと変化を遂げる。この微分積分の構造を使い、第四の壁を破るメタギャグを畳み込んでいくのだが、この手のギャグはあまり物語の推進力にならないため、ストーリーが停滞しているように思える。もちろん、ギャグ自体は「ジェルちゃんねる」なので面白いが。

ただ、本作は『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』同様、最初に観客のアテンションを取ってから本題へ横滑りしていく方式が採用され、その流れつく先が興味深い。

「青春ロマンス部」を立ち上げたジェルがYouTuberのようなことを始める。くだらないことを動画サイトにアップして人々を笑顔にしようとする。しかし、最初の段階ではサイトの構成が古のサイトっぽいものであり、動画も無編集。導線のことが全く考えられていない痛いものであった。しかし、尾宅秀樹が参画したことで状況は一変する。アテンションを獲得するサムネイル。オチがある動画構成、観やすいサイトデザインによって着実にチャンネル登録者数を増やすのである。やがて、学校からPRのオファーが来るのだが、この頃から調子に乗り始め、校歌を替え歌にして歌ったり、運動会をある種私物化し始める。ヒヤッとした展開になるのだ。では、よくあるYouTuberは愚かな存在であることを突き付ける映画になるのか?といったらストレートにそのベクトルへは転がらない。

ジェルはバカなようで、理念として数字や金ではなく人々を笑顔にすることを掲げているので、学校でのスレスレの企画はステークホルダーとの合意の上に実行されているし、規模が大きくなっても不必要な謝礼の受け取りは断る。それが後のアンチによる炎上から身を守ることとなるのである。映画は陸上部の美女がネットで叩かれている件を収拾させるミッションへと発展していく。もはや学校が介入すべき事案であり、「青春ロマンス部」の行動も一歩間違えれば加害に繋がる危うさはあるのだが、ギリギリで最悪を免れるのである。たとえば、ネット掲示板で彼女の悪口が言われている場所に怒りに任せて遠井さんが書き込みを行うも、火に油を注ぐ結果となる。レスバをしようとする彼女にジェルは手を差し伸べ「やめた方が良い」と語るのだ。この動きは高度なネットリテラシーがあるからこそ動けるもので、犯人探しも決定的な証拠がない限り決して断定的な言葉を発しない点も凄い。

つまり、気が付けば我々はネットリテラシー応用の講義を受けていることとなっているのである。まんきゅう監督は『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』もそうだが、ロジャー・コーマンのように通俗と社会派のバランスを取り映画を制作するのに長けた監督だと改めて思った。
※映画.comより画像引用