『海がきこえる』思い出は美化された青春の蹉跌、そして辛酸

海がきこえる(1993)

監督:望月智充
出演:飛田展男、坂本洋子、関俊彦、荒木香恵etc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

2025年はリバイバル上映が熱いのだが、この夏暑いのはなんといっても『海がきこえる』だろう。スタジオジブリ映画の中でも陰に隠れがちな本作は、恥ずかしながら未観であった。会社帰りにグランドシネマサンシャイン池袋で観てきた。今年の冬に同窓会を控えている私にとってタイムリーな作品であった。

『海がきこえる』あらすじ

「月刊アニメージュ」に連載された氷室冴子の小説を、「魔女の宅急便」「おもひでぽろぽろ」のスタジオジブリがアニメ化した青春ストーリー。

高知県に暮らす高校生の杜崎拓。2年生のある時、東京から武藤里伽子という転校生がやってくる。勉強もスポーツも万能で美人の彼女は、瞬く間に学校中で知られた存在となるが、里伽子自身は周囲になじもうとしなかった。拓の中学以来の親友である松野は里伽子にひかれていたが、拓にとっての里伽子は、松野の片思い相手という、それだけの存在だった。しかし、高校3年のハワイの修学旅行で起こったあることをきっかけに、拓は里伽子が抱えている家庭の問題を知り、それによって2人の距離は縮まっていくようにみえたが……。

日本テレビ開局40周年記念番組として製作されたテレビ向けのスペシャルアニメ。「きまぐれオレンジ★ロード あの日にかえりたい」「ここはグリーン・ウッド」などの青春劇を手がけてきた望月智充を監督に迎え、スタジオジブリの若手スタッフが中心となって手がけた。1993年5月5日にテレビ初放送。同年内にいくつかの劇場で公開もされた。

映画.comより引用

思い出は美化された青春の蹉跌、そして辛酸

誰かが『海がきこえる』はモーリス・ピアラの映画のようだと語った。しかし、一見すると本作のアプローチはピアラの対岸にいるように思える。モーリス・ピアラの場合、アクションの始まりと結果を中心に描き、中間プロセスをバッサリ抜くことで、その行間や点の密度に人間心理を落とし込もうとする監督だと認識している。『海がきこえる』は同窓会へ向かう飛行機の中で杜崎拓が回想することで青春の一部始終、プロセスを語っているように見えるからだ。ただ、じっくり見ると『海がきこえる』にはプロセスがないのである。結局のところ、意中の女・武藤里伽子の背景、行動原理は不透明なのだ。

この不透明さこそが本作最大の特徴であり力強いコンセプトとなっている。我々が思い出を語る時、それは高密度に親密な関係を装うが、網目の広い布のようなもので、いくら水を掬ってもすり抜けてしまう。他者のことを知っているようで何も知らないのだ。アニメになることによって、美化される思い出が強化され、青春の蹉跌と辛酸の濃厚な甘苦さが広がるのである。

杜崎拓が回想する時、余白は意識される。だが、一旦、回想の世界へ入れば恋は盲目。痛みを反芻しながらただひたすらに懐かしさを愛で、素性知らぬ女へと想いを馳せるのである。スタジオジブリがこんな作品を制作していたんだと驚かされた。

※映画.comより画像引用

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