ハポン(2002)
Japón
監督:カルロス・レイガダス
出演:Alejandro Ferretis、Magdalena Flores、Yolanda Villa etc
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
先日、六本木 蔦屋書店で矢田部吉彦のシネマ・ラタトゥイユの公開収録が行われた。そこで『ルノワール』の早川千絵監督と対談されていたのだが、タイトルと内容の結びつかなさでカルロス・レイガダスの『ハポン』の話となった。なぜか、六本木 蔦屋書店にクライテリオン版のブルーレイがあって、スタッフから舞台へ手渡される光景は異質に映った。面白いことに、このブルーレイは購入可能だということで、収録終わりに購入した。私の少し早めの誕生日プレゼントとなった。早速、観てみた。実は、カルロス・レイガダス作品は少々苦手なところがあったのだが、これは凄まじい映像体験となった。一方で、本作は鬱状態の時に観てはいけない猛毒でもあるので、要注意な傑作であることは先に言っておく。
『ハポン/Japón』あらすじ
A painter from the big city goes to a remote canyon to commit suicide. To reach some calmness, he stays at the farmstead of Ascen, an old, religious woman. Although but a few words are spoken, love grows.
訳:大都会から来た画家が、人里離れた峡谷へ自殺を図る。心の平穏を求めて、彼は信仰深い老女アセンの農場に身を寄せる。言葉はわずかしか交わされなかったが、二人の愛は深まっていく。
死の場所を求め彷徨いながら死の世界へ行けない男
タイトルに「日本」を冠しながらも一切、日本は登場せず、日本要素も皆無な本作。矢田部吉彦によればカルロス・レイガダス監督はタイトルの意味を言いたがらないようなので、なぜ「日本」なのかは観客が推察するしかない。だが、映画を観るとなんとなく、このタイトルに力強いコンセプトが見えてくる。
トンネルの中、渋滞でひしめき合う車がゆっくりと動き始める。車はどんどんと辺境へと向かっていき、男が降り立つ。荒野を歩いていると少年が「しゃがんで」と囁く。小鳥が撃ち抜かれ落下する。少年はそれを取って男のもとへと駆け寄る。彼は小鳥の頭をむしって地面へ投げ捨てる。生首が生の残像となって微動しやがて死が訪れる。彼は辺境を彷徨い続けるのだが、時折、銃を手にする。彼は死に場所を求め、タナトス突き動かされるように彷徨っていたのである。
本作が作られた当時の日本はいわゆるバブル崩壊就職氷河期の時代。「日本の未来はwow,wow,wow,wow」とアイドルが恍惚の世界で踊り狂っている横で過労死や自殺などといった厭世が広がっていた。カルロス・レイガダスはひょっとして日本の死の側面をインスピレーションの源流にしていたのではないだろうか。
話を戻すと、『ハポン』は異様に高い解像度で鬱病の心象世界を表現している。もし、鬱病になったことがあるのであれば、ここで表現されていることに心当たりがあるだろう。男は死を求めて彷徨い、死のトリガーも持っているのだが、死の世界へ行くことはできない。だからこそ、過酷な辺境旅へ身を投じ死が訪れる瞬間を待っているようだ。眼前には、確かに過酷に思える大地は広がっているが、静謐なようにも思える。しかし、ふとした瞬間に強烈な暴力、死のイメージが飛び込んでいく。屠殺される豚、死んでいる馬、グロテスクな血痕とエンカウントするのである。これは現実なのか、不安や欲望が生み出した暴力の残像なのかわからない空間に背筋が凍る。
死の世界へ行きたくても行けない者はやがて、自分の生を確認するように他者との関係を求める。それが老婆との肉体関係にて表現されていく。そして、平穏な着地になりかけたその時、我々はすべてのオブジェクトが十字架にみえる「チェンソーマン」の世界観に近い終末へ迷い込んでいることに気づき絶望するのだ。このラストを観るだけでも一見の価値がある。ブルーレイを買ってよかったと共にメンタルが絶好調な時に観て正解であった。これがもし、鬱の状態でとなったことを考えると……いや考えない方が身のためだろう。