マルティネス(2023)
Martínez
監督:ロレーナ・パディージャ
出演:フランシスコ・レジェス、ウンベルト・ブスト、マルタ・クラウディア・モレノetc
評価:75点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
昨年ごろから中南米から面白い作品がたくさん出てきているような気がする。特にアルゼンチン、ブラジル、チリ、ドミニカ共和国、メキシコあたりが強い。今回、カルチュアルライフさんから試写のお誘いをいただき、メキシコ映画『マルティネス』を観させていただいた。メキシコ映画といえば、アロンソ・ルイス・パラシオスやミシェル・フランコと治安の悪い映画から人間社会を捉える映画に強い国のイメージがあった。しかし、どうだろうか、ロレーナ・パディージャが生み出す世界はまるでアキ・カウリスマキのように静かに人間の生活へと眼差しをむけるものであった。日本公開は2025年8月22日(金)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次ロードショーである『マルティネス』について書いていく。
『マルティネス』あらすじ
メキシコで暮らすチリ人のマルティネスは偏屈で人間嫌いな60歳の男性。会計事務所での仕事やプールでの水泳といった日々のルーティンを決して崩さない。しかしそんなマルティネスの規律的な日々は、会社から退職をほのめかされ、後任のパブロがやって来たことで終わりを迎える。
時を同じくして、アパートの隣人で同年代の女性、アマリアが部屋で孤独死していたことが判明する。アマリアの私物に自分への贈り物が残されていたことを知り、次第に彼女に興味を抱くようになるマルティネス。
遺された日記や手紙、写真を通してアマリアへの思いを募らせていく内に、マルティネスは心の奥底で眠っていた人生への好奇心を取り戻していく。
不在により生まれる親密さ
プレス資料によれば、長編デビューとなるロレーナ・パディージャ『マルティネス』は新型コロナウイルスのパンデミックによって若者と高齢者との関係性が変化したことから着想を得た物語とのこと。コロナ禍を思い出すと、自由が制限され、人とのコミュニケーションが希薄となり、仕事をして帰宅してのルーティンにどこか寂しさを抱いていた。あの手触りをアキ・カウリスマキのような哀愁の漂わせ方で再現している。
主人公のマルティネスは偏屈で人間嫌いな60歳の男性。会社と自宅、プールを行き来し退屈なルーティンを送っていた。会社からは退職を仄めかされており、未来は薄ぼんやりと暗い。そんな中、隣人女性が死んだ。なぜか、彼女は自分宛てに贈り物を遺していた。人間に興味がなかった彼は、彼女の面影を追うようになってくる。
そんな中、マルティネスに部下パブロがやってくるのだが彼女がいると勘違いしたパブロは、恋が成就するように世話を焼くようになってくる。当然、マルティネスは死んだ人に恋しているなど説明できないのでなんとなくやり過ごそうとする中で親密な関係が生まれる。
人間、思わぬところで親密となる。人間関係に煩わしさを抱いている者もひょんな闖入者を通じて心を開くことがあり、それは知らない自分を知るきっかけとなる。『マルティネス』は、そんな人間の心が開かれる瞬間に向かって空気を運んでいくのだが、人間そう簡単に変わるものでもないし、必要な壁は存在する。それを映画的な切り返しで表現してみせるところにロレーナ・パディージャの業を感じる。たとえば、序盤の場面でマルティネスとパブロの心の壁を表現するようにウォーターサーバの柱を中心に捉えスプリットスクリーンのようにして対話する場面がある。中盤では、マルティネスの目線からパブロを見つめる場面があり、この柱の裏側は空洞になっていることが強調される。しかし、柱自体は見えており、決して跨げない領域が意識されることで切なさが掻き立てられるのだ。ロレーナ・パディージャ監督の存在を教えてくれたカルチュアルライフさんに感謝である。
※カルチュアルライフさんより宣材写真提供