Grand Theft Hamlet(2024)
監督:サム・クレイン、ピニー・グリルス
評価:80点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
近年、映画のギミックとしてゲーム画面が用いられるケースが増えている。前編「DayZ」で撮影された『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』や難病を抱え亡くなった青年が実はMMORPG”World of Warcraft”の伝説的存在であり、彼がゲームの中でどのように振る舞っていたのかを過去ログで再現していく『イベリン 彼が生きた証』、ゲームのサービス終了とギャングものをマリアージュした『イート・ザ・ナイト』など、仮想世界での経験がどのように人間心理へと影響を与えていくのかをゲームの画面中心に物語るアプローチが研究されている。そんな中、ニューフェイスが現れた。
それが『Grand Theft Hamlet』である。コロナ禍ロックダウンにより無職となった俳優が、憂さ晴らしにギャングゲーム「グランド・セフト・オート・オンライン」をプレイする中で、ゲームの世界ならシェイクスピアの「ハムレット」を上演できるかもしれないと思い、オーディションを始めるドキュメンタリーだ。
メタバース内で演劇を行うケースはバーチャル美少女ねむ著「メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界」にて記載されている。全編VRChatで撮影された『バーチャルで出会った僕ら』でも仮想空間上でショーが行われる様子を確認できる。しかし、VRChatとグラセフでは大きく異なる点があった。また、昨今にじさんじやホロライブなどといった大手VTuber団体がグラセフ内でロールプレイングする企画とも違った印象があり興味深いものに仕上がっていた。
With theaters shut during the COVID-19 pandemic, two jobless actors, Sam and Mark, are uncertain about their futures—finding solace in the virtual chaos of Grand Theft Auto Online. Desperate for purpose, they decide to stage Shakespeare’s Hamlet in the unpredictable world of their favorite game.
訳:COVID-19 パンデミックにより劇場が閉鎖され、仕事のない俳優のサムとマークは将来に不安を抱えながら、Grand Theft Auto Online の仮想カオスに慰めを見出しています。目的を必死に探していた彼らは、お気に入りのゲームの予測不可能な世界でシェイクスピアのハムレットを上演することを決意します。
混沌の中で秩序ある混沌を探して
犯罪に手を染めるのがデフォルトな世界で、物理世界同様に振る舞おうとするのは難しい。サムとピニーはシェイクスピアの悲劇「ハムレット」を選び、ゲーム内で演劇ができないかと模索する。ゲーム内であれば物理的制約から開放されるし、自由自在に肉体改造することができる。女性が男性役を演じるのも容易い。「ハムレット」事態が人が死にまくる物騒な内容なので、バズ・ラーマン『ロミオ+ジュリエット』のような感じに翻案できるかもしれない。
そうした甘い期待はあっさりと破られる。オーディション会場に現れた冷やかしによって銃撃されてしまうのである。ここはロスサントス、常に死と隣り合わせな戦場なのだ。それに元から知っている人はあまりいない。オーディションで物理世界同様に関係性を構築していく必要があるのだ。
殺しが当たり前の野性的な世界で文化的で理性的な演劇をやろうとする。まさしく狂気を装うハムレットのようにロスサントスでは映るのである。それでもメンバーが集まり、群れが形成されていく。正直、グラセフ内で演じられる「ハムレット」は外向きというよりかは内輪ウケ感が強いものとなっている。YouTubeにはグラセフでこち亀を再現するレベルの高い野生の動画があるため、企画自体は失敗していたりする。だが、重要な点はそこにあらずであろう。結局、サムもピニーも孤独を抱えていたのだ。ゲームでの殺しは一時的な快楽を得られるが人間と人間との繋がりは希薄である。だからこそ「ハムレット」のオーディションで生まれる人間関係が彼らにとっての癒やしであり、役者として「生きるべきか死ぬべきか」の実存を解消する役割があったのだ。
これは「にじGTA」「ホロGTA」のような既存の関係性の拡張的役割とは違った働きとなっている。「にじGTA」「ホロGTA」では、組織のメンバーたちが一定の期間内にグラセフの特設サーバーへログインし役割を演じる。既存のキャラクター性に役割を付与し、そこで他のメンバーと絡む中で生まれる即興的な面白さ。メンバーごとの枠によって異なる視点が生まれたり、切り抜きしによって強化されていくナラティブにより配信者/視聴者双方で関係性が生まれていく面白さがある。ただ、これは秩序のある混沌であり、とにかく目の前の人を冷やかしたり殺したりするむき出しの混沌とは違った世界での話であることが本作との比較でわかってくる。
一方で共通点もある。別ゲームとなるのだが、最近ホロライブのメンバーはマインクラフト内で同人誌即売会、つまりコミケを開催した。ホロライブのメンバーは身バレ防止の為、コミケに行きたくとも行けない環境なんだとか。コミケに興味があった大空スバルさんは、有識者であるAZKiさんや尾丸ポルカさんのアドバイスを受けて、リアルなコミケ出店を経験することができた。このように、物理世界でやりたくともできないことを仮想空間で実現し、欲求不満を解消する働きが『Grand Theft Hamlet』で観測できたのであった。