【ネタバレあり】『劇映画 孤独のグルメ』グランメゾン・パリと比較して考える食レポ映画について

劇映画 孤独のグルメ(2025)

監督:松重豊
出演:松重豊、内田有紀、磯村勇斗、村田雄浩、ユ・ジェミョンetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

グルメドラマの代名詞「孤独のグルメ」がまさかの映画化。しかも松重豊初監督作。明らかにヤバそうな雰囲気が漂う企画である。「孤独のグルメ」は社会人1年目の時に夕食のお供でよく観ていた。仕事の合間にフラッと大衆食堂へ滑り込み、そこでの体験を、素人ながら、一般人ながら言葉を手繰り寄せて興奮を言語化していく過程が好きだった。

とはいえ、あの番組の構造をそのまま持ち込んで2時間持たせることはできない。工夫が必要となってくるのだが、松重豊は初監督ながらアッと驚くような調理で映画へと昇華させていた。奇遇にもキムタクが『グランメゾン・パリ』で三ツ星獲得を目指す中で、井之頭五郎は食レポをする面白い状況での公開なのだが、この二つを比較するのもまた面白かったりする。今回はネタバレありで、本作の構造を読み解いていく。

『劇映画 孤独のグルメ』あらすじ

原作・久住昌之、作画・谷口ジローによる同名漫画を実写化し、グルメドキュメンタリードラマの代名詞的存在として長年にわたり人気を集めるテレビドラマ「孤独のグルメ」シリーズの劇場版。主演の松重豊が自ら監督を務め、主人公・井之頭五郎が究極のスープを求めて世界を巡る姿を描く。

輸入雑貨の貿易商・井之頭五郎は、かつての恋人である小雪の娘・千秋からある依頼を受けてフランスへ向かう。パリに到着するといつものように空腹を満たし、依頼者である千秋の祖父・一郎のもとを訪れる。一郎は子どもの頃に飲んだスープをもう一度飲みたいと願っており、五郎にそのレシピと食材を探してほしいと依頼。わずかなヒントを頼りに、究極のスープを求めてフランス、韓国、長崎、東京を駆け巡る五郎だったが、行く先々でさまざまな人物や事件に遭遇し、次第に大きな何かに巻き込まれていく。

韓国領の島で暮らす女性・志穂を内田有紀、スープ探しを手伝うことになる青年・中川を磯村勇斗、五郎をフランスに呼ぶ千秋を杏、千秋の祖父・一郎を塩見三省、中華ラーメン店「さんせりて」の店主をオダギリジョー、五郎の同業者・滝山を村田雄浩が演じ、ドラマ「梨泰院クラス」のユ・ジェミョンが韓国入国審査官役で特別出演。

映画.comより引用

グランメゾン・パリと比較して考える食レポ映画について

『グランメゾン・パリ』において割と評判が悪いリンダ・真知子・リシャールによる実況食レポシーン。一般的に映画は視覚芸術故に、それを棄損する説明セリフ過多な表現は批判の対象となるのだが、本作は例外的に上手く機能している。フードライターであるリンダ・真知子・リシャールは膨大な食に関する知識が、目の前で展開される料理をトリガーとし結びついていく。映像は料理そのものにフォーカスを当てたショット、厨房でのショット、そして物流のショットを繋ぎ合わせて、彼女の言語化を支援する。膨大な知識によるヴィジョンは正確に厨房での手順を見出す。そのイメージと、実際にキムタクたちが試行錯誤して料理を作る過程と重なっていくのである。フードライターとして目に見えない触感を伝えるべく仮想的イメージから文字を紡いでいく様を視覚的に演出した場面であり、この演出は慧眼であったといえる。

しかし、この演出を「孤独のグルメ」で採用することはできない。番組の型から逸脱する、つまり井之頭五郎の作画崩壊に繋がるのが大きい。彼は、食への関心は強いが、食通ではない。あくまで一般人なのである。そのため、味覚を表現する手段として、まず「うまい」「ヤバい」が来るような人物である。物流過程や調理方法を正確にイメージするようなことはせず、目の前の料理と向き合うことに専念しているのだ。だから映画もドラマ同様の心の声演出で進行するわけだが、それでは映画にならない。30分番組だから許される演出だ。

では、松重豊はどうするのかというと、実食にサスペンスを持ち込むのである。

パリの大衆食堂の場面でオニオンスープを飲む。上に乗っかったチーズがデカすぎて、しかも弾力が強く、なかなが口から離れない。カメラは、彼の口元をクローズアップし、汚い食べ方になってしまうのではといった宙吊りのサスペンスを生み出していく。同様に、ビーフシチューのような料理をパンに乗せて食べる場面も、ソースがパンから落ちてしまうのではといったスリルを描いていく。

これを前座として、以降、重要な場面では「誰かに見られながら実食する」演出が基本となる。ここで注目なのは、その誰かは「一緒に食事をしないひと」なのである。

井之頭五郎が韓国の島へ漂流し、現地の料理を振る舞われる場面では、横一列に女が並んだ状態で食べることとなる。また、韓国入国審査官に見守られながら食事をする場面では、韓国人の心の声も入り緊迫が生まれる。井之頭五郎はじっくり食を味わいたいのだが、「早く食べなさい」と急かされているので緊張している。「一緒にいかが?」と言うが、職務上、韓国入国審査官は食べられないらしく断られる。でも彼自身、興味津々であり、珍妙な空気に包まれるのだ。

ドラマだと誰にも見られていない、カメラだけが井之頭五郎を見つめている演出であるのに対し、そこにひとつ眼差しが追加されたことで映画に刺激を与えている。驚いたことに、振り返ってみれば最初の飛行機の場面からそれをやっているのだ。豆を食べる彼を見つめるフランス人の眼差しによって。

そして、映画は人生同様思わぬ伏線回収の快感が包み込む人生賛歌になると思いきや、「孤独のグルメ」をメタ的に捉える場面があったり、〆に小津安二郎『秋刀魚の味』的ショットをキメたりしており、荒唐無稽ながら高度な技術に裏打ちされた職人映画であったのだ。
※映画.comより画像引用