【第37回東京国際映画祭】『士官候補生』アディルハン・イェルジャノフ映画だと思ったらエミール・バイガジン版「モブサイコ100」だった件

士官候補生(2024)
Cadet

監督:アディルハン・イェルジャノフ
出演:アンナ・スタルチェンコ、シャリプ・セリク、ラトミール・ユスプジャノフetc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第37回東京国際映画祭のコンペティションは全体的にあまり良い作品がないように思える。だが、その中で邪悪な光を放つ傑作が存在していた。それがアディルハン・イェルジャノフ新作『士官候補生』だ。『イエローキャット』で細かすぎて伝わらないアラン・ドロンの物真似芸人たる人物のユニークな物語を放ったアディルハン・イェルジャノフだが、今回はガラリとテイストを変えてきた。例えるならば、エミール・バイガジンが「モブサイコ100」を撮ったかのような陰惨なサイコホラーだったのだ。主人公のセリックが影山茂夫にしか見えないこともあり、ジワる一方で、背筋が凍るほどの露悪的な恐怖描写の連続、アクセル全開な暴力描写の連続に圧倒された。中途半端な「露悪的」を全て吹き飛ばすほどの威力を持った怪作であったのだ。

『士官候補生』あらすじ

『イエローキャット』(20)などで知られる、カザフスタンの俊英監督アディルハン・イェルジャノフの最新作。シングルマザーのアリーナは息子のセリックをエリート士官学校に入学させようとするが、女の子のような風貌のセリックは生徒たちにいじめを受け、校長からも学校に不適格と判断される。アリーナはセリックの父親が軍隊の高官であるというコネを使ってセリックを復学させることに成功するが、自分の子どもがこの学校で自殺したという女性から、セリックは自分の子どもと同じ道をたどるだろう、と警告を受ける…。軍隊組織に内在する暴力や腐敗をホラー映画的な要素を加えて描いた作品。明るさをおさえた撮影と不穏な音響が絶妙な効果を上げている。

※第37回東京国際映画祭より引用

アディルハン・イェルジャノフ映画だと思ったらエミール・バイガジン版「モブサイコ100」だった件

影山茂夫そっくりな少年セリックが士官学校へ入学する。どうやら歴史教師である母親のコネにより、自分が教える学校へ裏口入学させてもらったらしい。しかし、丸坊主を拒否するセリックは秒でイジメの標的となる。そして、速攻で退学となる。明らかに士官学校向きでなく、通学を望んでいない彼は退学RTAを成功させるわけだが、母親は意地で再入学させる。その結果、セリックの周りで不審死が多発するようになる。

本作は、黒沢清やJホラーのように、じっくりにじり寄るような恐怖描写が特徴的である。たとえば、セリックがバスケットボールをする学生たちに混ざらず、虚空を見つめる場面がある。彼の眼差しには、座っている学生が映っているのだが、ふと右上に目線をやると、ぼぅっと髑髏が浮かび上がるのである。また、トイレではギィっと突然扉が開き始めたり、会話の途中でコップが不自然な落下をするなど異常現象が多発する。

この予兆の連続によりサイコレベルが蓄積されていき、「100%」に到達したとき、凄惨な事件へと発展する。この凄惨な事件の手数が非常に多い。肥満体の学生が突然、首を斬り裂き、オレンジジュースを飲む。橙が血を染めていくといった高い芸術点を叩きだすのである。

流石に観客賞やグランプリは絶望的ではあるが、アディルハン・イェルジャノフの新しい才能と遭遇できて満足である。

P.S.劇中、不自然な場所で怒号が聴こえ、てっきりそういう演出なのかと思っていたら、客席でスマホのライトにブチ切れた観客がいたらしい。治安ゴッサムシティな東京国際映画祭なのであった。