『The Old Oak』サードプレイスと対話

The Old Oak(2023)

監督:ケン・ローチ
出演:デビー・ハニーウッド、Reuben Bainbridge、Col Tait、Abigail Lawson、Joe Armstrong etc

評価:80点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

第76回カンヌ国際映画祭コンペティションに出品されたケン・ローチ新作。日本では、割とケン・ローチは人気のはずなのだが、一向に公開の目処が立っていない謎の現象が発生している。ひょっとして円安で版権が高かったのかなと思う。さて、ケン・ローチは問題提起最優先の映画を作るイメージがあり、内容としては重要なものを扱っているが映画としてはあまり評価できない印象がある。映画としての魅力が少なく、だったら新書で良いと感じてしまい、カンヌ国際映画祭のコンペ枠を毎回潰している点も好きになれない。若手に枠を譲れと思っているため当たりが強くなりがちである。しかし、評判がイマイチだった新作『The Old Oak』は想像以上に映画的であり、確かにあまりにも楽観的過ぎる理想的過ぎる展開にリアリティはないものの、現実が虚構を凌駕し最悪な状態がデフォルトになりつつある「今」においてそのツッコミどころはスペクタクルに飲まれない特効薬として機能するであろうと感じた。

『The Old Oak』あらすじ

The future for the last remaining pub, The Old Oak, in a village of Northeast England, where people are leaving the land as the mines are closed. Houses are cheap and available, thus making it an ideal location for Syrian refugees.
訳:鉱山の閉山に伴い人々が土地を離れつつあるイングランド北東部の村に残る、最後に残ったパブ「ザ・オールド・オーク」の未来。住宅は安価で入手可能なため、シリア難民にとって理想的な場所となっています。

IMDbより引用

サードプレイスと対話

白黒写真が並べられる。イングランドの村を撮ったものが喧騒とした声と共に提示される。それは、画面全体ではなく、まるで机に写真を並べたように奇妙な配置として提示される。画が本編に切り替わると、対立が現出する。バスの中からパシャパシャ撮る女性に対して、現地民がキレているようだ。観光客的好奇の眼差しに対する嫌悪が湧きたっている。一触即発の状態の中、バスの乗客が降りていく。カメラは、バスの入り口に置かれた荷物を凝視する。喧嘩腰の現地民がそこからカメラを奪い取り、持ち主と揉める。そして、カメラは落下、破損する。

『シビル・ウォー』において、カメラという銃口を向ける緊迫感が大して描けていなかったのに対し、まさかのケン・ローチ映画で重厚な眼差しに関するショットが観られるとは思ってもいなかった。銃なき西部劇として、眼差しの銃を持ったよそ者がムラに入ってくるところから物語は始まる。

この村は凄惨な程に寂れており、意図的にパブ”The Old Oak”以外の施設(スーパーや職場)を映さないようにしている。老人ぐらいしかいないこの村は、基本的に家と生活用品を買うための施設を往復するぐらいしかやることがなく、孤独を癒す場として、サードプレイスとしてパブがあるだけである。

パブでは老人たちがボヤいている。どうやら、地価が暴落して、廃墟同然となっているようだ。そして地価が激安なので、シリア難民が軍団で入ってくる。住民の構成比が変わり、シリア難民の勢力が強くなることで、さらに居場所がなくなる。乱暴な言い方をすれば、村が乗っ取られるのではと不安を抱えている。ただ、暴力的に行動する体力もないから、パブでワーワーギャーギャーぼやくだけに留まっている。

そんな状況を、マスターは悶々としながら捉えていた。冒頭に登場したフォトジャーナリストと親密な関係になる中で、パブに併設されている集会場を有効活用できないかと思い立つ。

本作はユニークな視点を持っている。移民と対話し友好関係を築く話であり、最初はフードバンクを開く。だが、困窮しているのは移民だけではない。地元の白人も栄養失調で倒れていたりするのだ。チャリティは他者に施しを与えるイメージが強いが、そこにはある種の上下関係が生じる。貧しいものがさらに貧しいものを救済する行動が果たして正しいのかとケン・ローチは問う。そこで重要となってくるのが、その後の勉強会である。集会所に人々が集まり、シリア情勢について勉強する場面がある。盲目的な救済よりも、他者を理解することが重要であると語っているのだ。眼差しの銃口を向けられた住民たちは、やがてパブに貼られている写真、つまり炭坑が栄えていた時代の労働闘争のように連帯の精神を取り戻すところで映画は終わる。

世界遺産条約では、教育に力をいれている。これは、戦争による破壊、産業発展による環境破壊が発生するのは他者に対する無理解であり、文化や歴史などを世界に伝えていくことで国際平和を実現しようとしている。単に、発展途上国などを支援するのではなく、技術を伝えることをしている。

ケン・ローチの今回の発想は世界遺産条約の精神に近いものを感じ、チャリティという言葉の盲目的に分かったつもりになっている点が浮き上がった。

正直、こんなに丸く収まる訳がないし、現実では現地民による暴動とそれに対する反発、デモなどが発生するはずなので、違和感しかないのだが、その違和感から思索を促す2020年代ならではの処方箋と解釈した。

日本でもムラ社会問題があったり、クルド人コミュニティとの対立があり他人事ではないので、是非とも日本公開してほしいものがある。