Eephus(2024)
監督:カーソン・ランド
出演:キース・ウィリアム・リチャーズ、ビル・”スペースマン”・リー、ジョー・キャスティリオーネetc
評価:95点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
カンヌ国際映画祭監督週間で評判となっていた草野球映画『Eephus』を観た。雰囲気がリチャード・リンクレイターっぽいなと思っていたのだが、想像以上に変化球な作品でまさしくタイトル通りイーファスピッチ(スローボール)な大傑作であった。
『Eephus』あらすじ
Grown men’s recreational baseball game stretches to extra innings on their beloved field’s final day before demolition. Humor and nostalgia intertwine as daylight fades, signaling an era’s end.
訳:取り壊し前の最後の日、大人たちのレクリエーション野球は延長戦までもつれ込む。ユーモアとノスタルジーが交錯する中、日が暮れ、ひとつの時代の終わりを告げる。
おじさんたちの夜まで草野球
おじさんたちが何の変哲もない球場に集まり試合を始める。草野球だからグダグダであり、ボールを打ってもヨロヨロとした足取りで塁を目指す。そんな足取りではアウトだろうと思っても、意外と進塁できてしまう。デッドボールやエラーもちょくちょくはっせいするが、「大丈夫か?」の一言で処理される。おじさんたちは、自分の番が来るまで酒やおつまみを嗜みながら待つ。そこへ、ご近所さんが「おう、やっとるか?」と声をかけに来る。時には、「おい、お前用事忘れてねぇか?迎えに来てやったで」と別のおじさんが乱入し、帰る場面もある。だが、人数が変わっても何も影響がないかのように試合が続行されていく。あれ?と我々は思うだろう。明日には取り壊されるんだよね、この球場は?と。来週も行われそうなぐらい牧歌的な試合が延々と繰り返されるのだ。
本作が興味深いのは、草野球の試合に映画が集中しているところにある。取り壊しの決まった球場での最後の試合となれば、回想で登場人物の想い出が語られたり、感傷的な気持ちになりながら試合に打ち込むところが映されるであろう。だが、映画はそれを徹底的に回避しており、ひたすら他愛もない話をしながらいつも通りの草野球に打ち込む男たちの運動が描かれている。そして、一見するとグダグダな試合なのだが、全てがバキバキに決まったマスターショットとして捉えられている。そのため、撮影をしたことある人ならギョッとする長回しがあり油断ができない。
たとえば、遅れてやってくるおじさんがいる。「おい、てめぇの番だぞ、急げ!」と発破かけられ、彼はバットを受け取りホームベースに立つ。間髪入れずに球が飛んできて、それを打つ。そして一塁へ足を運ぼうとするのだが、ズサーっと転んでしまう。この一連の運動がシームレスに無駄なく画に収まっているのだ。何回撮り直したんだと思うほどに洗練された場面で驚かされる。
実は今回、長編初監督を務めたカーソン・ランドは『ハム・オン・ライ』や『Topology of Sirens』の撮影監督だったのである。これを聞いて納得した。そして、The Hollywood Reporterによれば、本作はジョン・フォードを意識した撮影にしているとのこと。ジョン・フォードといえば、群れと空間の関係性を意識する監督だけに、野球映画の撮影に応用するのは確かにと思いつつ、撮影監督じゃないと出てこない発想だなとその視点の慧眼さに感銘を受けた。
さて、グダグダな試合が続くわけだが、どういうわけか勝ち負けは誰も気にしていないらしく、夜になってあたりが真っ暗になっても野球が続けられる。ここに「最後の試合」のエモーショナルさが染み出してくる。流石に、おじさんたちも疲れてくる。ボール拾いに時間がかかるようになる。「もう終わろうか?」、いや車のライトを使おうと一丸となって皆の車が球場を照らす。そうはいっても終わるときは来る。その最後の瞬間に思わず涙した。
試合は終わる。仲間たちは家路に着く。花火が上がる(花火自体は映さないのがまた良い)。いつしか観ている私も最高の試合に立ち会ったんだという興奮に包まれていた。日本公開するには演出がトリッキー過ぎる気もするが、意外とシネスイッチ銀座あたりで盛り上がりそうな作品なんじゃないかなと思った。