夜明けのすべて(2024)
監督:三宅唱
出演:松村北斗、上白石萌音、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子etc
評価:90点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
三宅唱監督新作『夜明けのすべて』を観てきた。予告編を観る限り、三宅唱監督作品の中では一番分かりやすい内容となっている。だが、実際に観てみると緻密に張り巡らされた運動方程式によって成立する凄まじい作品であった。
『夜明けのすべて』あらすじ
「そして、バトンは渡された」などで知られる人気作家・瀬尾まいこの同名小説を、「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱監督が映画化した人間ドラマ。
PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。
NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で夫婦役を演じた松村北斗と上白石萌音が山添くん役と藤沢さん役でそれぞれ主演を務め、2人が働く会社の社長を光石研、藤沢さんの母をりょう、山添くんの前の職場の上司を渋川清彦が演じる。2024年・第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品。
感情が溢れる臨界点で
雨の中、一人の女が佇んでいる。見かねた警備員が声をかけるが、暴れ出してしまう。PMS(月経前症候群)の症状についてじっくりと解説していく。定期的に感情が不安定となり、周りに当たり散らしてしまう藤沢。メンタルクリニックで新しい薬を処方してもらうも、強烈な眠気に襲われ、今度は仕事がままならなくなる。とはいえ、この症状を会社に話すわけにはいかず、仕事を辞めることとなる。そんな彼女は子ども用の科学キットを作る町工場で働くこととなる。そこでパニック障害を隠して生きている山添と出会い、互いに症状を明かすことで親密な関係となっていく。
病気を持っていたとしても社会の中で感情を炸裂させることは人間関係を崩壊させるためタブーとなっている。そのため、当事者は自己を抑え込もうとする。しかし、時にその感情が溢れ出してしまう。本作は、その症状が露見するか否かの宙吊り状態の中で喜怒哀楽を捉えていく。そして映画にスパイスを与えるべく、藤沢と山添の距離感はスリリングなものとなっている。山添が会社で発作を起こす。藤沢が彼の面倒を診る中で「ひょっとしてPMS?パニック障害?」と訊く場面がある。一般的に、職場の中で病気を持っていると思われる人がいても、その病名を特定することはハラスメントに繋がる。人は得体の知れないものをラベリングして心の安定を取りたい生き物だが、それはタブーであるため、モヤモヤを抱えながら「なんでだろう?」ということしかできないはずである。だが、映画では特定する描写がある。それにより不穏な間が生まれる。
これをキーとして映画はアクセルを踏み続ける。藤沢が山添の髪を切る場面において、彼女は彼の髪を変な形に切ってしまう。先述の緊迫感があるため、感情が爆発するのではと不安になるのだが、ここでは笑いが起こるのである。シリアスドラマとして、常に痛々しい間を配置するのではなく、その緊迫感の中で笑いを生み出しスパイスとするところに三宅唱監督の手腕が光るのだ。
そして、映画は決して二人を恋愛関係にまで持ち込ませないし、山添が感情を取り戻した様子に渋川清彦演じる保護者役が感極まる場面で「号泣」を捉えることはない。一貫して感情が溢れる臨界点付近を捉え続ける。これに好感を抱いた。
最後に、映画の中で小学生か中学生ぐらいの子が社会科見学でドキュメンタリー映画を作る場面があるのだが、その創作の眩さが『THE COCKPIT』を彷彿とさせ熱くなったのであった。
※映画.comより画像引用