ありがとう、トニ・エルドマン(2016)
TONI ERDMANN(2016)
監督:マーレン・アーデ
出演:ペーター・シモニスチェク、
サンドラ・フラー、
ミヒャエル・ビッテンボルンetc
もくじ
評価:95点
昨年のカンヌ国際映画祭にて、批評家満場一致レベルで高評価を得るものの主要賞で無冠(国際批評家連盟賞は受賞)に終わり、この前のアカデミー賞でも外国語映画賞最有力と言われていたものの、政治的情勢変化でイラン映画の「セールスマン
」に敗れた不遇の作品”TONI ERDMANN”こと「ありがとう、トニ・エルドマン」が昨日より新宿武蔵野館他にて公開となった。会話劇&上映時間162分、おまけに日本版海外版含め予告編からだとあまり面白さが伝わらないような内容にも関わらず、新宿武蔵野館では口コミで各回満席に近い動員となっていた。ジャック・ニコルソンが引退を撤回し、ハリウッドリメイク版に出演を決める程、映画人を魅了する所以はなんなのか?ブンブンは初日に確かめて来ました!!!
「ありがとう、トニ・エルドマン」あらすじ
イネスは石油会社のコンサルタントでルーマニアに住んでいる。日々、大手企業の重役や政治家との根回しに励む毎日を送っている。そんな彼女の元に、父ヴィンフリートがやってくる。父は冗談が好きで、空気の読めないイネスと真逆の性格。なんと、父は暗い顔のイネスを元気にしようと、会社の人の前で茶番を繰り広げ始めるのだった…ドイツ版「男はつらいよ 寅次郎真実一路」
本作を観て、ブンブンはひじょーーーに驚きました。なんたって、日本人なら誰しもが知る「男はつらいよ」そのものだったからです。しかも、プロットは34作目「男はつらいよ 寅次郎真実一路」とほとんど同じでした。「男はつらいよ 寅次郎真実一路」は、渥美清分するサラリーマンとは無縁で自由気ままに生きる男・車寅次郎が、米倉斉加年分する上野の焼き鳥屋で会った大手証券会社課長富永に会いに行くという話。コントロールの利かない男が、時間に追われる大手証券会社に来た際の、従業員のいやーな顔、気まずい雰囲気による笑いと、寅さんから見るサラリーマン生活を通して、現代の窮屈さを観客に叩きつける傑作です。まさにこの「ありがとう、トニ・エルドマン」も同じことを語っています。親としては、コンサルタント会社で世界を股に掛けて活躍する娘がいることは誰しも誇りに思うこと。しかし、仕事に追われるあまりに人間らしさを失ってしまった娘を見たらどうおもうだろうか?娘は、実家に帰ってきても、常に携帯電話片手にクライアントと打ち合わせている。常に合理的で、プレゼントやサプライズには礼儀正しく「ありがとう」というがどこか味気ない。父親のヴィンフリートは、娘が自分のギャグに笑ってくれたことを知っている。かわいらしく明るい娘を知っている。だからこそ、仕事に打ち込みすぎて性格すら変わってしまった娘に「お前は人間か!」と嘆く。思い詰めたヴィンフリートは遂に、娘のいるルーマニアへ行き、トニ・エルドマンという芸名で彼女を勇気づけようとする。
ポイント1:気まずさから見る「心の余裕」
本作はブラックコメディです。社会を牛耳っている大企業の人や、政治家が集まる空間に、何も状況が分かっていない男が、完全に浮いた姿で場をかき乱す。その居心地の悪さに苦笑いさせられます。父親のせいで、イネスに次々と修羅場が押し寄せてくるのだが、如何にして場を収束させるか、コンサルタントとしての意地を魅せていく様子に熱くなります。
そして、この様子を2時間42分に渡り観ていくうちに、現代人が如何に心に余裕がないのかが分かってきます。自分のコントロールできない人がその場にいると、居心地が悪くなってしまう。相手の世界を認める余裕がないからこそ起こるその現象に「ハッ」と気づかせてくれます。そうです、ヴィンフリートことトニ・エルドマンはミヒャエル・エンデの「モモ」が如く、行き過ぎた資本主義、合理化と言う名の時間泥棒により奪われた心の余裕を埋める役割を担っているのです。
ポイント2:高層階から見る格差社会
本作が批評家の間で高評価を集める理由は、空間の使い方が凄まじいという点に尽きるでしょう。主人公イネスは、常にビルの高層階やブルジョワなパーティー会場にいる。実は彼女が住んでいるルーマニアは悲惨な国です。1960年代から80年代に政治家チャウシェスクの手によって独裁国家となっていた。社会主義体制で行われた政治も、汚職や数々の暴挙で国民の不満を募らせていき、遂には革命軍によってチャウシェスクを公開処刑する形で収束した。しかし、その後の政治は上手くいっているとは言えず、当ブログでも紹介した「エリザのために
」でも描かれているように頭の良い人材は国外に流出してしまう状況です。本作でも、ルーマニア事情がよく分かる。外資の企業が、こぞってルーマニアから出る石油を搾取しているのです。そして、いとも簡単に石油採掘所で働いている現地人をクビにする。ビジネスマンの夜会で、ある人物が「国際派が良いとは限らんな」と、ルーマニアは発展するなと匂わせる発言まで飛び出す。
話を戻すと、本作はビルの高層階やパーティといった高見から、ルーマニア人を見下す先進国の闇を「空間」で見事に皮肉っているのです。なので、トニ・エルドマンに扮する父に振り回されるうちにイネスは、地上の現地人と接する機会を得るのです。空間と空間を結ぶ、時間と時間を結ぶトニ・エルドマンから、観客は先進国の搾取を突きつけられます。
ポイント3:毛むくじゃらのアレって何?
本作のポスターや予告編で、印象的に残る毛むくじゃらのゆるキャラ。劇中でも、イネスが「なんなんだこりゃ?」とびっくりされていますが、あれはクケリ(Kukeri)と呼ばれるブルガリア版なまはげです。1月頃になると、村を歩いて踊り、悪霊払いを行います。夜になると、家庭訪問もします。父は、ルーマニア文化こそ分からないからか、ブルガリアの伝統であるクケリを持ち出し、不器用ながらも娘のイネスを時間という悪霊から解放してやろうとしたのでしょう。
なんて奥深いんだ!
最後に
このように、「ありがとう、トニ・エルドマン」は父のくだらない行動を3時間近くにわたって描く中で、現代社会の闇をえぐり出し、尚且つ父と娘の和解の話としても感動を呼ぶ作品になっていました。ブンブンも大満足な作品でした。
それにしても、ジャック・ニコルソン主演でもうリメイクプロジェクトは始動していますが、どのように先進国の搾取を描いていくのかが非常に気になりますな!
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