【ネタバレ考察】『日常(十一)』:スクリューボールコメディとしての日常

日常(十一)

著者:あらゐけいいち

『日常(十一)』概要

7年ぶりのまさかの復活!? 『日常』が帰ってきた!

7年ぶりのまさかの復活!? 『日常』が帰ってきた!
日常を知らない人、日常を知っている人、どんな人でも手に取ればすぐにみんな楽しめる、ポップでキュートなギャグコメディの決定版!

Amazonより引用

スクリューボールコメディとしての日常

あらゐけいいちのコメディ漫画『日常』が7年ぶりに新刊を出した。日常といえば、部活に囲碁サッカー部があったり、空を焼きシャケが飛んでいたり、背中にネジがついた少女が何食わぬ顔で投稿していたり、日常の皮を被った非日常を描いた傑作である。高校時代には、アニメが放送され、漫画の勢いが二乗になったパワフルな作劇が私の心を虜にした。そんな青春の作品が、久しぶりに刊行されるなら買わない訳にはいかない。ということで読んでみた。

7年の沈黙を破ってだけあってさらに荒唐無稽なギャグに磨きがかかっており、スクリューボールコメディとして一級品の出来栄えになっていた。今回はネタバレありでいくつかのエピソードについて具体的に掘り下げていく。

1.日常の195~噛み合わないギャグが呼び寄せるもの~

囲碁サッカー部を廃止にしようとする教頭先生との攻防を描いた作品は、ツッコミが間に合わないほどのボケを畳み掛け、一見すると空回りしているように見える。囲碁サッカー部を呼び寄せる教頭先生。用意周到、絶対に廃部にできる状況にニヤニヤが止まらない教頭先生の前に威勢よく現れる部員と顧問。教頭先生の脳裏のヴィジョンが囲碁サッカー部を握り潰そうとする。そこへ、顧問の高崎先生が「竹」を差し出す。賄賂か?教頭先生は「竹」が好きなのか?と思うと解説が入る。教頭の好きなものに竹は……含まれていない!と叫ばれる。竹は突然爆発し、竹筒飯に化ける。『黒死館殺人事件』かと思うほど、独特な固有名詞が宙を舞い、推理が追いつかない。すると、カットはドリフトしながら迫るタクシーに移る。竹筒飯は校長先生を召喚するためのトリックであったことが明らかにされるのだ。訳の分からなさを高速回転させながら、思わぬオチ、それも囲碁サッカー部廃止を阻止するために極めて論理的アプローチで落としていくこのエピソードの切れ味に圧倒された。

2.日常の201~幽体離脱のバグ~

日本のギャグ漫画の王道ネタに幽体離脱があったような気がする。あるきっかけで、肉体と精神が乖離してしまい、なんとか戻ろうとしたり、よくあるのは『君の名は。』みたいに男女の肉体と精神が入れ替わってしまうみたいな話。『日常』でもこのネタに挑戦している。大きなリボンが特徴の安中榛名がカナブンとぶつかり死亡するところから始まる。悪魔が現れ、「カナブン直撃でお陀仏であります」と告げられる。悲しむ暇もなく、次の場面では閻魔大王が控える地獄へ導かれる。修羅場を迎える。虚構における修羅場の面白いところは「不幸中の幸い」の宙吊り状態にある。地獄が店員オーバーらしく、彼女は復活することになる。しかし、復活した目の前にカナブンがいて、再度死亡してしまう。プログラムのバグとカナブンループ (=バグ)を掛け合わせたネタに笑いが溢れる。しまいには、カナブンと肉体、精神が入れ替わる事態へと発展していく。スクリューボールコメディは、修羅場や破壊がもたらされる際に、それがあまりに酷く、その酷さを軽妙に語ることで「笑うしかない」状態を作り出すジャンルだと認識しているが、本作は幽体離脱ネタでその面白さをとことん追求していた。

3.日常の203~強行突破の臨界点はどこに?~

入念に準備したイベントほど、強行突破したくなる。今まで積み上げてきたものを水の泡にしたくないからだ。高崎先生は遠足授業を行うことにする。意中の桜井先生の心を鷲掴みにするためになんとしてでも決行しなければいけないのだ。では、どんな場合に遠足は中止になるのだろうか?雨?生徒が全然来ない時?あらゐけいいちは熊が学校を破壊している状態を作り出す。そして「不幸中の幸い」を生み出す。それは、UFOが熊を誘拐するのだ。次々と修羅場が押し寄せるのだが、勝手に解決されていく。決行するのかしないのかをひたすら宙吊り状態にする、狼狽で精神ぐちゃぐちゃになった高崎先生の前に、彼から冷静さを取り戻す事象を提示する。それは「安中がUFOに誘拐された」というものだ。この事象を前に彼は「決行中止」と叫ぶ。今まで、エゴで遠足決行しようとしていた彼が初めて生徒を直視し、歩み寄る。このオチの華麗さに感動を覚えた。

最後に

今回はギャグ漫画について軽く読み解いてみた。コメディを読み解くほど難しいものはない。たまにギャグ漫画やアニメの感想を読み解くことで、その難しさを再確認することができる。これはまたやろうと思う。とりあえず、『日常(十一)』は最高の漫画だったと締めくくる。